第10話 再構築
黒い瘴気が森を侵していた。
腐り落ちる木々。
濁っていく空気。
そして。
首を吹き飛ばされたはずの魔人種が、再び立ち上がろうとしている。
「……冗談でしょ」
リゼアの声から、完全に余裕が消えていた。
肉が蠢く。
骨が伸びる。
黒い血管が脈動しながら、新たな首を形成していく。
だが。
カナトの右眼は、その異変の本質だけを見据えていた。
「……違う」
ドクン、と右眼が脈打つ。
黒い魔力が血管のように全身を巡る。
その流れは決して無秩序ではない。
規則がある。
順番がある。
「こいつ……治ってるんじゃない」
カナトが息を呑む。
「壊れた部分を、一から作り直してるんだ……!」
「は?」
ガルドが振り返る。
だがカナトは答えない。
視えている。
まず核。
次に魔力循環。
骨格。
筋肉。
最後に外殻。
まるで失われた身体を設計図どおり組み立て直しているようだった。
「……完全に出来上がる前なら」
右眼がさらに熱を帯びる。
「防御が消える瞬間がある!」
その瞬間。
魔人種が咆哮した。
轟音。
再生した頭部が持ち上がる。
そして。
消えた。
「来る!!」
黒い巨体がガルドへ突っ込む。
「チッ!!」
ガルドが大剣で受け止める。
轟音。
地面が砕ける。
「ぐっ……!!」
押し負ける。
だが。
「ガルド! 左へ半歩!」
反射的に身体が動く。
黒い拳が鼻先を掠めた。
「そのまま胸へ!」
「おおおおおっ!!」
大剣が胸部へ叩き込まれる。
鈍い衝撃音。
魔人種がわずかによろめく。
その動きを追いながら、カナトの右眼は魔力の流れを見続けていた。
そして。
決定的な規則性を捉える。
「そうか……!」
再生は同時じゃない。
優先順位がある。
損傷が大きい場所から、魔力が集中して再構築される。
「ガルド!」
「なんだ!」
「もう一度、首を狙って!」
「ーーっ、応よッ!!」
ガルドは迷わなかった。
踏み込む。
全身全霊の一撃。
バギィッ!!
再構築されたばかりの左首が再び砕け散る。
その瞬間だった。
黒い魔力が一斉に首へ流れ込む。
右眼がその変化を鮮明に捉えた。
胸部から。
魔力が消えていく。
外殻が薄れていく。
そして。
脈動する黒い核だけが、むき出しになった。
「見えた!」
カナトが叫ぶ。
「リゼア!!」
赤い瞳がこちらを向く。
「胸部中央! 今なら核が露出してる!」
リゼアは一瞬だけカナトを見る。
平民。
本来なら命令される相手ではない。
それでも。
カナトの瞳には、一切の迷いがなかった。
確信だけがある。
だから。
リゼアも迷わない。
「……本当に、何なのよあなたは」
呟きと同時に。
巨大な魔法陣が無詠唱で展開される。
空気が悲鳴を上げた。
熱だけで地面が溶け始める。
「全部――消えなさいッ!!」
超圧縮された真紅の炎槍が放たれる。
閃光。
轟音。
一直線に放たれた炎が、露出した黒い核を貫いた。
魔人種の動きが止まる。
「グ……ォ……?」
核に一本の亀裂が走る。
次の瞬間。
黒い魔力が制御を失った。
膨張。
崩壊。
巨体そのものが内側から砕け始める。
「下がって!!」
三人は同時に飛び退いた。
直後。
魔人種は黒い爆炎を撒き散らしながら、完全に崩壊した。
轟音。
衝撃波。
森全体が大きく揺れる。
そして。
静寂が訪れた。
「…………」
しばらく誰も動けなかった。
やがて。
ガルドがその場へ大の字に倒れ込む。
「……死ぬかと思った」
「同感」
カナトもその場へ座り込む。
右眼がズキズキと痛む。
酷使しすぎたせいで視界が霞んでいた。
「……ねぇ」
静かな声。
顔を上げると、煤で汚れたリゼアが真っ直ぐこちらを見ていた。
「あなた、本当に医療部門志望なの?」
「え? うん。そのつもりだけど」
「戦術部門の指揮官でも十分通用するわよ、あれ」
少し間を置いて。
小さく息を吐く。
「……本当に、不愉快なほどの観察眼ね」
カナトは苦笑した。
「それ、一応褒められてるのかな」
リゼアは少しだけ視線を逸らす。
「……褒めてるのよ」
照れ隠しのような、小さな声。
その一言だけで十分だった。
先ほどまで二人の間にあった壁は、ほんの少しだけ、確かに薄くなっていた。




