第8話 価値観
森に、焦げた臭いが立ち込めていた。
黒く焼けた地面。
薙ぎ倒された木々。
倒れ伏す襲撃者達。
その中心で。
リゼア・ヴォルトだけが、何事もなかったかのように立っていた。
「…………」
ガルドが口をぱくぱくさせる。
「え、今の……生きてる?」
「…多分」
カナトも若干引き気味だった。
“多分”としか言えない。
だが右眼で確認する限り、命までは取っていない。
絶妙に“戦闘不能”で止めている。
威力がおかしいだけだ。
「う、うそだろ……」
襲撃者の一人が震えた声を漏らす。
「ヴォルト家の化け物が……」
瞬間。
空気が冷えた。
リゼアの赤い瞳が、静かにその男を見下ろす。
「今、何か言った?」
「ひっ――!?」
男の顔が青ざめる。
周囲の温度が一気に上がる。
まずい。
カナトは反射的に二人の間へ割って入った。
「待って待って待って」
このままだと本当に焼かれる。
「この人達、もう戦えないから」
「そう」
リゼアは興味なさそうに視線を逸らした。
だが殺気は完全には消えていない。
ガルドが小声で呟く。
「お前よくあの間入れるな……」
「怖いけど」
「怖いなら普通止めねぇんだよ」
◇
襲撃者達は完全に戦意を喪失していた。
そのうちの一人が、苦しそうに脇腹を押さえてうめき声を漏らす。
リゼアの爆風による衝撃。
加えて、おそらく肋骨骨折。
「……ちょっと動かないでね」
カナトはためらいなく男の前へしゃがみ込んだ。
「何してるの?」
後ろから、冷たい声。
「治療」
当然のように答える。
右眼が熱を持つ。
骨の位置。
肺の状態。
呼吸。
皮下出血。
損傷箇所が立体的に浮かび上がる。
「このままだと折れた骨が肺に刺さる。少し痛むよ」
カナトの手が迷いなく動く。
服を裂き、簡易固定。
呼吸に合わせて圧迫位置を調整する。
無駄がない。
まるで何度も繰り返してきたような、異様な手際だった。
襲撃者の男が困惑した顔を向ける。
「な、なんで……俺達、お前を殺そうと……」
「なんでって」
カナトは逆に少し不思議そうな顔をした。
「放っておいたら、死にそうだったから」
「…………」
リゼアが完全に沈黙した。
ガルドが呆れたように苦笑する。
「お前さぁ……」
「何?」
「いやもう、それ天然でやってるなら本気でヤバいわ」
カナトにとっては本当に自然な行動だった。
助けられるなら助ける。
ただそれだけ。
だが。
リゼアは、その治療風景をじっと見つめていた。
ただ甘いだけではない。
覚悟。
知識。
技術。
その全部が噛み合っている。
だからこそ余計に理解できない。
「……理解できないわ」
ぽつり、とリゼアが呟く。
「あなた、襲われたのよ?」
「そうだね」
「放っておけば、ライバルが減るだけなのに」
「でも」
カナトは包帯を締め終え、顔を上げた。
「助けられる命があるなら、その方が良くない?」
真っ直ぐな視線。
損得がない。
打算もない。
リゼアは、一瞬だけ言葉を失った。
強者が勝つ。
弱者は落ちる。
それが当然だった。
なのに。
目の前の平民は、命を救う理由に損得を一切挟まない。
「……本当に、変な人」
リゼアはふっと視線を逸らした。
だが、その声音は前よりもずっと柔らかかった。
◇
「ところで」
ガルドがニヤニヤしながら口を開く。
「ヴォルト嬢様は、なんでこんな森の奥まで来たんだ?」
リゼアが眉を寄せる。
「……偶然よ」
「絶対嘘だろ」
「本当に偶然」
そう言いつつ、少しだけ視線が逸れた。
ガルドの笑みが深くなる。
「へぇ〜?」
「……このエリアの魔物を効率的に間引いていたの。そしたら耳障りな騒音が聞こえたから、ついでに見に来ただけよ」
「はいはい」
「何よその反応」
若干むっとしたようにリゼアが睨む。
その空気が、少しだけ緩みかけた。
だが。
次の瞬間。
カナトの右眼が、これまでで最も激しく脈打った。
「っ……!」
ドクン。
視界が歪む。
熱い。
痛い。
森の奥。
巨大な魔力反応。
リゼアの持つ洗練された真紅の魔力とは違う。
もっと重い。
もっと濁っている。
まるで災害そのもののような、巨大な魔力の塊がこちらへ近づいてくる。
「カナト!?」
ガルドが異変に気づく。
カナトは脂汗を流しながら、ゆっくり顔を上げた。
「……下がって」
声が僅かに掠れる。
「何か、とんでもないものが来る」
直後。
――グォォォォォオオオオオオッ!!!
森全体を揺らす咆哮。
空気が震える。
木々が激しくしなる。
鳥達が一斉に空へ飛び立った。
その圧倒的なプレッシャーを前にして。
リゼアは恐怖するどころか、僅かに口元を吊り上げた。
「……へぇ」
赤い瞳が獲物を捉える。
「試験用の弱い魔物ばかりかと思っていたけれど……本物が紛れ込んでいたのね」
その表情は。
強敵を前に歓喜する、気高き獣そのものだった。




