第7話 第二試験
第一試験終了後。
試験場は、まるで戦場のような有様だった。
骨折者。
火傷。
気絶者。
医療班が慌ただしく動き回り、脱落者達を次々と搬送していく。
「うわぁ……」
ガルドが顔を引きつらせる。
「毎年こんななのか?」
「……どうなんだろ」
カナトは答えながら、無意識に負傷者達へ視線を向けていた。
呼吸。
出血量。
骨の変形。
つい確認してしまう。
その様子を、少し離れた場所からリゼアが見ていた。
理解できないものを見るような目。
だがそこには、ほんの僅かな戸惑いも混じっていた。
何故そこまで他人を気にするのか。
何故、自分が傷つく危険を冒してまで助けるのか。
力を持つ者は、もっと合理的であるべきだ。
少なくとも、彼女はそう教わってきた。
「……?」
カナトが視線に気づく。
だがリゼアはすぐに顔を逸らした。
◇
「これより第二試験を開始する」
試験監の低い声が響く。
生き残った受験者達が、一斉に前を向いた。
人数は既に半分以下まで減っている。
「第二試験は、サバイバル形式だ」
ざわめき。
試験監は背後の巨大な門を示す。
その先には、広大な森林地帯が広がっていた。
「制限時間内に、規定数のメダルを獲得しろ」
受験者達へ、小さな魔術具が配られる。
掌サイズの銀色のプレート。
「メダルはフィールド各地に隠されている。また、魔物を討伐した際にも獲得可能だ」
探索能力。
戦闘能力。
判断力。
全てが必要になる。
「なお」
試験監が続ける。
「受験者同士の直接攻撃は禁止とする」
少し空気が緩む。
だが。
「ただし」
試験監の目が細くなる。
「自己責任だ」
その言葉だけ、妙に重かった。
◇
試験開始の合図と同時に、受験者達が森へ散っていく。
カナトは深く息を吐いた。
「さて……」
右眼が熱を持つ。
世界が静かになる。
木々の向こう。
地中。
空気。
不自然な魔力反応。
その全てが線となって浮かび上がる。
「……あった」
木の根元。
土に埋められたメダル。
カナトは迷わず回収した。
「お前、なんでそんなすぐ見つけられるんだ……?」
ガルドが若干引き気味に言う。
「なんとなく」
「絶対なんとなくじゃねぇだろ」
さらに奥へ進む。
すると。
茂みが揺れた。
直後。
巨大な狼型魔物が飛び出す。
「グルルルルッ!!」
「うおっ!?」
ガルドが剣を構える。
だが。
「待って」
カナトが静かに言った。
右眼が魔物を解析する。
筋肉の動き。
骨格。
魔力循環。
そして。
「左前脚」
「は?」
「そこ、怪我してる」
次の瞬間。
魔物が飛びかかってきた。
ガルドが迎撃しようとした、その前に。
カナトが最小限の動きで回避。
すれ違いざま、左前脚へ剣の腹を叩き込む。
バキィッ!!
「ギャウッ!?」
魔物が体勢を崩した。
「今!」
「お、おう!」
ガルドの大剣が叩き込まれる。
魔物はそのまま崩れ落ちた。
「……マジかよ」
ガルドが絶句する。
「弱点だけ潰した……?」
「怪我庇ってたから」
「見ただけで分かるもんなのか普通!?」
カナトは答えなかった。
答えられなかった。
自分でも、何故分かるのか説明できない。
ただ、“視える”。
それだけだった。
◇
試験開始から数時間後。
カナト達は順調にメダルを集めていた。
だが。
「……静かだな」
ガルドが足を止め、大剣の柄へ手をかける。
確かに妙だった。
鳥の声が消えている。
空気が重い。
肌へまとわりつくような嫌な静けさ。
その瞬間。
右眼が警鐘のように熱を持った。
「ガルド、伏せ――!」
直後。
カナト達の上を炎の弾が通り過ぎていった。
同時に、木々の影から五人の受験者が飛び出した。
剣。
魔術。
完全武装。
連携慣れした貴族の混成部隊。
「大人しくメダル置いてけよ」
先頭の男が下卑た笑みを浮かべる。
「ルール違反だろ、それ」
ガルドが睨む。
だが男は笑みを深めた。
「ああ、直接攻撃は禁止だよな」
男の指先に魔力が集まる。
「でもあれは誤射だ、意図して狙ったわけじゃない」
貴族たちはゲラゲラと愉快そうに笑っている。
「それに、お前らの足元を爆破して、暴れた魔物に噛み殺されるのは――ただの事故だろ?」
ぞわり、と空気が冷える。
これが。
試験監の言っていた“自己責任”。
カナトは奥歯を噛み締めた。
右眼を細める。
軌道。
位置。
魔力。
攻撃タイミング。
最適解を探す。
だが。
(足りない……!)
人数が多い。
遮蔽物も少ない。
ガルドと二人では、どうしても捌ききれない。
男達の魔術が放たれようとした、その瞬間。
――キィィィン。
鼓膜を突き刺すような熱量の収束音。
「……え?」
襲撃者達が反射的に空を見上げる。
頭上。
木々の隙間から見える空が、真紅に染まっていた。
熱波。
陽炎。
空間そのものが焼けて歪む。
そして。
一人の少女が、ゆっくりと歩み出る。
リゼア・ヴォルト。
その赤い瞳が、襲撃者達を冷たく見下ろしていた。
「姑息な真似をするのね。反吐が出るわ」
「ヴ、ヴォルト家の……っ!」
男達の顔色が変わる。
「待て、俺たちは別に実力行使をしてるわけじゃ――」
「邪魔」
次の瞬間。
太陽が墜ちた。
轟音。
真紅の爆炎が森を呑み込む。
木々。
地面。
襲撃者達。
その全てを、圧倒的熱量が飲み込んでいった。
衝撃波でカナトの髪が激しく揺れる。
数秒後。
あとに残ったのは。
黒く焼けた地面と、気絶した襲撃者達だけだった。
熱気の中。
リゼアは静かに炎を消す。
汗一つかいていない。
まるで散歩の途中だったかのように。
「…………」
助けられた。
そう認識するまで、少し時間がかかった。
理屈でルールを潜り抜けようとした者達を。
リゼアは、ルールごと焼き払った。
呆然とするカナトを見ながら。
リゼアは、不機嫌そうに小さく鼻を鳴らした。




