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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第73話 決闘

「……は?」


 先程、自室で呟いたばかりの言葉が再び口から零れ落ちた。


 夕日が訓練場を赤く染めている。


 広い第三訓練場。


 誰もいない。


 聞こえるのは風の音だけだった。


 リゼアはカナトを睨み付ける。


「今、何て言ったの?」


「決闘しよう」


 カナトはもう一度言った。


 表情は真面目だった。


 冗談を言っている顔ではない。


 だから余計に腹が立つ。


「頭でも打ったの?」


「打ったかもしれない」


「笑えないわよ」


「うん」


 あっさり頷く。


 本当に笑えない。


 土砂災害からまだ一週間しか経っていないのだ。


 魔眼の使い過ぎで二日も寝込んでいた男が何を言っているのだろう。


「却下よ」


 即答だった。


「帰るわ」


「そう」


 カナトは頷いた。


 引き止めない。


 困った様子もない。


 まるで最初から分かっていたような反応だった。


 その態度が気に食わない。


 リゼアは踵を返す。


 帰ればいい。


 こんな馬鹿に付き合う必要はない。


 そう思った。


 その時だった。


「逃げるんだ」


 足が止まった。


 ぴたり、と。


 自分でも驚くほど綺麗に。


 止まってしまった。


 数秒。


 沈黙。


 夕日の色が少しずつ濃くなっていく。


 リゼアはゆっくり振り返った。


「今」


 声が低い。


「何て言ったの?」


「逃げるんだなって」


 カナトは言う。


 真っ直ぐに。


 躊躇いもなく。


 リゼアを見ながら。


 腹の奥が熱くなる。


 怒りだった。


「誰が逃げてるって?」


「リゼアが」


「喧嘩売ってるの?」


「売ってる」


 即答だった。


 リゼアは一瞬言葉を失った。


 本当に何なのだろう。


 目の前の男は。


 患者を助けることしか頭にない。


 誰かを傷付けるようなことなんて言わない。


 そう思っていた。


 なのに。


 今は違う。


 明らかに怒らせようとしている。


 それが分かる。


 分かるから余計に腹が立つ。


 カナトは続けた。


「部屋から出なくなった」


「訓練にも来ない」


「誰とも話さない」


「僕が会いに行っても無視した」


 淡々とした声だった。


「それを逃げてるって言うんじゃないの?」


「……っ」


 言い返せない。


 いや。


 言い返したい。


 でも言葉が出ない。


 何故なら。


 少しだけ。


 その通りだと思ってしまったから。


「知ったような口を利かないで」


 ようやく絞り出す。


 だが声に力はない。


「知らないよ」


 カナトは言った。


「だから聞きたいんだ」


 リゼアは眉をひそめる。


「何を?」


「リゼアのこと」


 胸の奥がざわつく。


 何を今更。


 何を聞くというのだろう。


「私は別に――」


「強くなりたかったんだよね」


 言葉を遮られる。


 リゼアは黙った。


「誰よりも」


「レオンさんよりも」


「皆よりも」


 夕日がカナトの横顔を照らしている。


 その顔は真剣だった。


 ふざけていない。


 本当に聞こうとしている。


 それが分かった。


「何のために?」


 リゼアの呼吸が止まる。


「…………」


 何のために強くなりたかったのか。


 その問いは。


 数日前から何度も頭の中を巡っている問いだった。


 目を覚ました病室で。


 幼い自分に突き付けられた問い。


『あなたは何のために強くなるの?』


 頭の中で声が蘇る。


 赤い髪を揺らしながら笑っていた幼い自分。


 心臓が嫌な音を立てた。


「関係ないでしょ」


 ようやく出た言葉はそれだった。


「関係ある」


「ないわ」


「ある」


「ない!」


 思わず声が大きくなる。


 感情が溢れる。


「何で今更そんなこと聞くのよ!」


「何でそんなこと知りたいのよ!」


「私は失敗したの!」


 叫んでいた。


「要救助者を死なせかけた!」


「皆に迷惑を掛けた!」


「土砂崩れまで起こした!」


 呼吸が荒くなる。


 止まらない。


「それで終わりでしょ!」


「もう十分でしょ!」


 静寂。


 風だけが吹いていた。


 カナトは黙って聞いている。


 否定しない。


 慰めない。


 同情もしない。


 ただ聞いている。


 それが余計に苦しかった。


 やがてカナトが口を開いた。


「終わってない」


「終わってるわ」


「終わってない」


「何が分かるのよ」


 リゼアは笑った。


 乾いた笑いだった。


「私は失敗したの」


「でもあの男性は助かった」


 リゼアの顔が歪む。


 一番聞きたくない言葉だった。


「それは――」


「リゼアが諦めなかったから」


 リゼアは固まる。


「……え?」


「だから助かったんだと思う」


 夕日が差し込む。


 訓練場が赤く染まる。


 長い影が地面へ伸びていた。


 カナトは静かに言った。


「でも、まだ終わってない」


「だから決闘しよう」


 話が飛んだ。


 本当に飛んだ。


 意味が分からない。


「は?」


「決闘して」


「全てを出し尽くしたら」


「そうしたら話そう」


 リゼアは頭を抱えたくなった。


 やっぱり。


 この男は馬鹿だった。


 どこまでも。


 どうしようもなく。


 そんな馬鹿が今は腹立たしかった。


 そして、その真っ直ぐさが胸に引っ掛かった。


 夕日が沈み始める。


 第三訓練場には。


 決闘を前にした二人だけが立っていた。


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