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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第72話 第三訓練場

 扉を閉める音が静かに響いた。


 リゼアは廊下に立っていた。


 数日ぶりだった。


 自分の意思で部屋の外へ出るのは。


 思わず振り返る。


 閉ざされた扉。


 たった一枚の扉。


 それだけなのに。


 まるで別世界との境界線のように見えた。


 この数日間。


 リゼアはその向こう側へ逃げ込んでいた。


 誰とも会わない場所。


 誰からも見られない場所。


 何も考えなくていい場所。


 そう思っていた。


 実際には違った。


 部屋にいても忘れられなかった。


 静かになればなるほど思い出した。


 蒼い炎。


 崩れる斜面。


 悲鳴。


 土煙。


 立ち尽くす自分。


 だから逃げ場など最初からなかったのだ。


 リゼアは小さく息を吐いた。


 廊下には夕日が差し込んでいた。


 窓から伸びる橙色の光が床へ長く落ちている。


 その上を歩く。


 一歩。


 また一歩。


 足が重い。


 思っていた以上に。


 まるで身体の中に鉛でも詰め込まれているようだった。


 本当に行くのだろうか。


 第三訓練場へ。


 カナトのところへ。


 馬鹿らしい。


 そう思う。


 挑発に乗るなんて。


 冷静に考えれば付き合う必要などない。


 無視すればいい。


 部屋へ戻ればいい。


 それで終わる。


 それなのに。


 何故か足は止まらなかった。


 歩きながら端末を取り出す。


 もう一度メッセージを見る。


 何度目かも分からない。


『蒼炎程度で満足しているのか』


 その一文を見た瞬間。


 再び苛立ちが込み上げる。


「だから何なのよ……」


 思わず呟く。


 蒼炎程度。


 その言葉が頭から離れない。


 あれだけ苦労したのに。


 あれだけ努力したのに。


 何度も失敗した。


 それでも諦めなかった。


 ようやく届いた。


 ようやく掴んだ。


 その結果が。


 土砂災害だった。


 胸の奥が痛む。


 思い出したくない。


 でも勝手に蘇る。


 斜面が崩れる音。


 悲鳴。


 舞い上がる土煙。


 杖を握ったまま動けなかった自分。


 リゼアは足を止めた。


 渡り廊下の途中だった。


 窓の外に視線を向ける。


 夕焼け空が広がっている。


 綺麗だった。


 あまりにも綺麗だった。


 だから余計に苦しくなる。


 毎日太陽が昇り、沈むように。


 今日も同じように太陽が沈み、一日が終わろうとしている。


 何も変わらない。


 世界は変わらない。


 変わってしまったのは自分だけだ。


 胸が締め付けられる。


 帰ろうか。


 そう思った。


 今ならまだ間に合う。


 部屋へ戻ればいい。


 また何も考えずに過ごせばいい。


 それなのに。


 視線が再び端末へ落ちる。


『来なければお前は所詮、その程度だったってことだ』


 ぴくり、と眉が動いた。


「本当に腹立つ……」


 握る手に力が入る。


 カナトらしくない文章。


 らしくなさ過ぎる。


 だから余計に腹が立つ。


 明らかに挑発だ。


 明らかに怒らせようとしている。


 それが分かる。


 分かるのに。


 まんまと乗せられている自分がいる。


 リゼアは奥歯を噛み締めた。


 再び歩き出す。


 訓練棟へ続く通路。


 訓練を終えた生徒達が行き交っている。


 何人かがリゼアへ気付いた。


 驚いた顔をする。


 当然だろう。


 三日も姿を見せなかったのだから。


「リゼア?」


「大丈夫だったの?」


 聞こえた。


 だが答えない。


 今は誰とも話したくなかった。


 歩く。


 ただ歩く。


 逃げるように。


 あるいは追われるように。


 自分でも分からないまま。


 やがて訓練棟が見えてきた。


 石造りの大きな建物。


 何度も通った場所。


 何度も汗を流した場所。


 何度も悔しい思いをした場所。


 何度も魔力を練り上げ。


 何度も失敗し。


 何度も立ち上がった場所。


 胸が痛む。


 だが止まらない。


 第三訓練場の文字が視界に入る。


 あと少し。


 あと数歩。


 それだけだった。


 足が止まる。


 入口の前。


 夕日が長い影を作っていた。


 ここを通れば会うことになる。


 カナトと。


 数日ぶりに。


 胸がざわつく。


 会いたくない。


 会わせる顔がない。


 そんな気持ちは今も消えていない。


 あの日。


 助けたのはカナトだった。


 自分ではなかった。


 患者の命を繋いだのはカナトだった。


 自分ではなかった。


 その事実は今も胸に刺さったままだ。


 だから。


 本当は会いたくない。


 それでも。


 ここまで来てしまった。


 リゼアは小さく息を吐く。


 そして顔を上げた。


 その瞬間だった。


「来ないかと思った」


 聞き慣れた声。


 リゼアは視線を向ける。


 第三訓練場の中央。


 夕日に照らされた場所。


 そこにカナトが立っていた。


 一人だった。


 ガルドもいない。


 アイリスもいない。


 レオンもいない。


 本当にカナトだけだった。


 少しだけ驚く。


 もっと大勢いると思っていた。


 からかわれるのかと思っていた。


 違った。


 本当に二人きりだった。


 カナトは静かにこちらを見ている。


 顔色はまだ良くない。


 無理をしているのは一目で分かった。


 それでも立っている。


 真っ直ぐに。


 何も恐れていないように。


 その姿が。


 何事もなかったようなその表情が。


 どうしようもなく腹立たしかった。


「帰るところだったわ」


 リゼアは言う。


 カナトは少しだけ笑った。


「でも帰らなかった」


「だったらどうして来たの?」


 返答に詰まる。


 何故だろう。


 本当に。


 何故来たのだろう。


 答えは分からない。


 ただ。


 腹が立ったから。


 それだけだった。


 カナトはそんなリゼアを見つめる。


 そして。


 ゆっくりと口を開いた。


「決闘しよう」


 その一言に。


 リゼアの眉がぴくりと動いた。


「……は?」


 端末の文面を読み上げた時と同じ言葉が。


 再び口から零れ落ちた。


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