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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第74話 始まりの一撃

 第三訓練の窓ガラスが赤く光り、石造りの床には長い影が伸びていた。


 風が吹く。


 昼間の熱を残した空気がゆっくりと流れていく。


 広い訓練場。


 そこにいるのは二人だけだった。


 リゼアは目の前の少年を睨み付けていた。


 数日ぶりにまともに顔を見た。


 土砂災害の日以来だった。


 患者を救った治癒師。


 命を繋いだ男。


 自分には出来なかったことをやってのけた男。


 そのカナトが今、平然と自分の前に立ち、決闘を申し込んできている。


「聞き間違いじゃなかったのね」


「うん」


 リゼアは額を押さえた。


 本当に頭が痛い。


 色々な意味で。


 土砂災害から一週間。


 魔眼を酷使して二日も寝込んでいた人間が、ようやく起き上がったと思ったら決闘を申し込んでくる。


「本気なの?」


「本気だよ」


「勝てると思ってるの?」


「思ってない」


 即答だった。


「だったら何で」


「それでもやりたいから」


 意味が分からない。


 本当に。


 意味が分からない。


 数秒。


 沈黙。


 風が吹く。


 夕日が揺れる。


 リゼアは目を閉じた。


 胸の奥がぐちゃぐちゃだった。


 怒り。


 後悔。


 自己嫌悪。


 惨めさ。


 悔しさ。


 全部が渦を巻いている。


 そして。


 その全ての原因みたいな顔をして。


 カナトが目の前に立っていた。


「後悔するわよ」


 低い声だった。


 カナトは少しだけ笑う。


「それはお互い様かな」


 その瞬間だった。


 何かが切れた。


 本当に。


 何かが切れた。


 リゼアの周囲で魔力が爆発的に膨れ上がる。


 空気が震えた。


 訓練場の砂が浮き上がる。


 夕日に染まった空気が熱を帯びる。


 長い間押し込めていた感情が。


 一気に噴き出していた。


「そこまでして喧嘩を売るなら」


 リゼアは魔導杖を構えた。


 赤い髪が揺れる。


 紅い瞳が細められる。


「泣いて謝るまで付き合ってあげる」


 膨大な魔力が渦を巻く。


 熱風が吹き抜ける。


 数日間閉じ込めていた怒りが。


 今ようやく外へ溢れ出していた。


 そして。


 紅蓮の魔力が解き放たれた。

 


 爆音が第三訓練場を揺らした。


 紅蓮の魔力が奔流となって走る。


 空気が焼ける。


 熱風が吹き荒れる。


 夕日に染まった訓練場が一瞬白く染まった。


 次の瞬間。


 轟音と共に爆発が起きる。


 衝撃波が砂を巻き上げた。


 カナトの身体が吹き飛ぶ。


 足が地面から離れる。


 視界が回転する。


 空。


 地面。


 夕日。


 空。


 地面。


 何がどこにあるのか分からなくなる。


 そして。


 背中から叩き付けられた。


「がっ……!」


 肺の空気が一気に押し出される。


 息が出来ない。


 全身が軋む。


 右目の奥が痛んだ。


 魔眼を酷使した代償はまだ残っている。


 鈍い痛みが頭の奥を殴り続けていた。


 それでも。


 カナトは歯を食い縛る。


 痛い。


 普通に痛い。


 だが。


 その程度だった。


 土砂災害の日に比べれば。


 患者を失うかもしれないと思った胸の痛みに比べれば。


 リゼアが一人で抱えてきた苦しみに比べれば。


 まだ立てる。


 立てるなら。


 まだやれる。


 カナトは砂を掴んだ。


 腕に力を込める。


 ふらつきながら身体を起こす。


 砂煙の向こう。


 リゼアが立っていた。


 赤い髪が夕日に照らされている。


 風が吹く。


 長い髪が揺れる。


 その瞳には怒りが宿っていた。


 数日間。


 押し込めていた感情。


 それが今ようやく外へ出てきている。


 カナトは少しだけ安心していた。


 怒っている。


 ならまだ大丈夫だ。


 何も感じなくなる方が怖い。


「まだやる?」


 カナトは言った。


 リゼアの額に青筋が浮く。


「本当に馬鹿なのね」


 低い声だった。


 杖の先端へ魔力が集まる。


 空気が熱を帯びる。


 赤い光が生まれる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 三つの炎弾。


 高速詠唱。


 いや。


 もはや詠唱すらほとんどない。


 リゼアほどになると魔法は呼吸に近い。


 魔力を練る。


 構築する。


 放つ。


 その一連の流れが身体へ染み付いている。


「避けなさいよ」


 次の瞬間。


 今度は三発同時に激しい炎弾が放たれた。


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