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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第62話 届いた先

 崩落地点の奥は静かだった。


 外では怒号が飛び交っている。


 資機材を運ぶ音。


 救助隊員達の声。


 ロープの擦れる音。


 だが土砂の奥へ進むにつれて、それらは少しずつ遠ざかっていった。


 聞こえるのは自分達の呼吸。


 そして岩の軋む音だけ。


 嫌な音だった。


 山はまだ動いている。


 崩落は終わっていない。


 カナトは右眼へ意識を集中させながら前を進む。


 魔眼が映し出す世界。


 岩盤の構造。


 地中を走る亀裂。


 土砂の流れ。


 見えないはずの危険が浮かび上がる。


「左です」


 カナトが言う。


 ギルフォードは無言で従う。


「その岩は踏まないでください」


 小さな岩塊を避ける。


 数秒後。


 その岩が沈み込んだ。


 ぱらぱらと土砂が落ちる。


 もし踏んでいたら。


 小規模な崩落が起きていたかもしれない。


 ギルフォードは振り返らない。


 ただ前へ進む。


 その信頼が重かった。


 今、自分が間違えれば。


 隊長を死なせる。


 助けを待つ人にも辿り着けない。


 だから視線を逸らせない。


 魔眼を維持し続ける。


 右眼の奥が熱い。


 頭痛も消えない。


 それでも止まれなかった。


 助けるために。


 前へ進む。


 通路は狭かった。


 人ひとりがようやく通れる隙間。


 頭上には巨大な岩盤。


 足元には不安定な土砂。


 身体を横にしなければ通れない場所もある。


 岩肌が肩を削る。


 湿った土の匂いが鼻を刺す。


 呼吸が苦しい。


 汗が額を伝う。


 それでも足は止められない。


 近い。


 そんな感覚があった。


 右眼の奥で、何かが脈打っている。


 魔眼が示す先。


 そこに命がある。


「止まれ」


 ギルフォードが手を上げた。


 二人は足を止める。


 静寂。


 耳を澄ませる。


 岩の軋む音。


 風の音。


 土砂の擦れる音。


 その奥。


 かすかな音が聞こえた。


 呼吸だった。


 弱々しい。


 今にも消えてしまいそうな呼吸。


 だが確かにそこにある。


 カナトの心臓が大きく跳ねた。


「……いました」


 声が震える。


 ギルフォードが短く頷く。


 二人は慎重に前へ進んだ。


 一歩。


 また一歩。


 崩れた岩の隙間を抜ける。


 そして。


 数メートル先。


 崩落した岩盤と土砂の隙間に、小さな空洞が残されていた。


 奇跡だった。


 本来なら完全に押し潰されていてもおかしくない。


 だが幾つもの岩が偶然支え合い、人ひとりが辛うじて生存できるだけの空間を作っていた。


 その中央に男性がいた。


 二十代半ばほどだろうか。


 全身が泥にまみれている。


 額には血が流れていた。


 服も破れている。


 呼吸は浅い。


 顔色も悪い。


 それでも。


 生きている。


 確かに。


 生きていた。


「おい」


 ギルフォードが呼び掛ける。


「聞こえるか」


 男性の瞼が微かに動く。


 焦点の合わない目が二人を捉えた。


 その目に浮かんだのは驚きだった。


 そしてすぐに安堵へ変わる。


「……たす……け……」


 掠れた声。


 それでも確かな言葉。


 助けを求める声だった。


 生きたいという意思だった。


 カナトの胸が熱くなる。


 本当にいた。


 本当に生きていた。


 間に合った。


 崩落の瞬間。


 土煙の向こうへ消えた命。


 失われたと思った命。


 それを取り戻せる。


 そう思った。


 ギルフォードも僅かに息を吐く。


「よく持ちこたえた」


 男性の目から涙が零れる。


「みんな……」


 震える声だった。


 恐怖と不安が滲んでいる。


「大丈夫だ」


 ギルフォードが答えた。


 その声は不思議なほど落ち着いていた。


 「これから助ける」

 

 男性はその言葉に力を抜いた。


 カナトも胸の奥の緊張がほどけるのを感じた。


 これで救える、間に合ったんだ。


 そう思った。


 ーーだが。


 魔眼が違和感を捉えた。


 視線が止まる。


 右脚だった。


 土砂に埋まっている。


 見えない。


 だが魔眼は違うものを見ていた。


 血流。


 その流れがおかしい。


 まるで川の途中を巨大な岩で堰き止められているようだった。


 不自然な停滞。


 嫌な予感が背筋を走る。


 もう一度見る。


 さらに集中する。


 視界の奥。


 土砂の下。


 そこで初めて全体像が見えた。


 巨大な岩盤。


 男性の右脚を押し潰している。


 その重みで脚は微動だにせず、土砂が僅かに沈み込むたび岩盤が軋んでいた。


 太腿の中央。


 骨。


 筋肉。


 血管。


 長時間の圧迫により、血流は著しく低下していた。


 筋肉の一部は既に壊死が始まっている。


 カナトの表情が変わる。


 ギルフォードが気付いた。


「どうした」


 カナトは答えなかった。


 答えられなかった。


 もう一度確認する。


 間違いであってほしい。


 見落としであってほしい。


 だが結果は変わらない。


 脚は限界だった。


 そして。


 問題は脚だけじゃない。


 ギルフォードも土砂の状態を見ていた。


 岩盤。


 圧迫位置。


 潰れた脚。


 隊長として状況を理解する。


「脚か」


 低い声だった。


 カナトは黙ったまま頷く。


 ギルフォードが男性を見る。


 男性はまだ自分の状態を理解していない。


 助かったと思っている。


 希望を見ている。


 だからこそ重かった。


 岩を退かせば終わりではない。


 むしろ。


 そこからが始まりだった。


 魔眼が警鐘を鳴らしている。


 危険だと。


 このままでは駄目だと。


 圧迫され続けていた脚。


 止まっていた血流。


 壊れ始めた組織。


 それらが一気に解放された瞬間。


 何かが起きる。


 そんな予感ではない。


 確信に近い警告だった。


「隊長」


 声が重くなる。


 ギルフォードがカナトを見る。


「助かります」


 ギルフォードが僅かに息を吐いた。


 その言葉だけなら希望だった。


 だが。


 カナトは続ける。


「でも」


 空洞の中へ静寂が落ちた。


 男性も不安そうに二人を見る。


 魔眼は残酷な現実を映していた。


 助けられる。


 だが。


 このままでは助からない。


 カナトは唇を噛む。


 そして告げた。


「このまま引き抜いたら死にます」


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