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第57話 災害現場

 山道を進む輸送車両は大きく揺れていた。


 窓の外には険しい山々が広がっている。


 春とはいえ山の空気は冷たい。


 谷間には薄い霧が残り、遠くの尾根は灰色の雲に覆われ始めていた。


 車内は静かだった。


 誰も騒がない。


 誰も眠らない。


 資料へ目を通す者。


 装備を確認する者。


 黙って窓の外を眺める者。


 それぞれが来るべき任務へ備えていた。


 カナトも膝の上へ資料を広げている。


 崩落箇所三か所。


 孤立集落一か所。


 負傷者多数。


 行方不明者十数名。


 読み進めるほど状況の深刻さが伝わってくる。


 橋の任務とは違う。


 今回は救助活動そのものだった。



 現場へ到着したのは昼過ぎだった。


 車両を降りた瞬間、土と泥の匂いが鼻を突く。


 カナトは思わず足を止めた。


 目の前に広がる光景へ言葉を失う。


 山肌が崩れていた。


 本来そこにあったはずの木々は根こそぎ倒されている。


 巨大な岩が転がり、街道を完全に塞いでいた。


 折れた荷車。


 潰れた柵。


 土砂に半分埋まった建物。


 まるで巨大な怪物が通り過ぎた後のようだった。


 遠くでは住民達が集まっている。


 泣いている子供。


 不安そうに山を見上げる老人。


 泥だらけのまま家族を探している男性。


 その姿が現実の重みを突き付けてくる。


 訓練ではない。


 本物の災害だった。



「各班配置につけ」


 ギルフォードの声が飛ぶ。


 空気が引き締まる。


「第七班は北側斜面の捜索」


「第九班は救護所設営後、負傷者対応」


 隊員達が一斉に動き出した。


 ガルド達もすぐに斜面へ向かう。


 迷いはない。


 何度も任務を経験してきた隊員達の動きだった。


 カナト達も救護所設営へ向かう。



 救護用テントが立ち上がる。


 簡易ベッドを並べる。


 薬剤を確認する。


 治療器具を配置する。


 橋の任務以降、何度も訓練してきた内容だった。


 身体が自然に動く。


「受け入れ準備完了!」


 声が飛ぶ。


 その直後だった。


「負傷者搬送!」


 担架が運び込まれる。


 中年男性だった。


 額から血を流している。


 右腕は不自然な方向へ曲がっていた。


 カナトは駆け寄る。


 意識確認。


 呼吸確認。


 出血確認。


 頭の中で優先順位を組み立てる。


「命に別状はありません」


「腕を固定します」


 治癒魔法を流し込む。


 骨の状態を確認する。


 周囲の看護師役隊員へ指示を出す。


 次の患者が運び込まれる。


 また次。


 さらに次。


 休む暇はなかった。



 気付けば数時間が過ぎていた。


 救護所には負傷者が並んでいる。


 擦り傷程度の者もいれば、骨折している者もいる。


 恐怖で震えている子供もいた。


「大丈夫だよ」


 カナトはしゃがみ込む。


 泥だらけになった少女へ微笑み掛ける。


 治癒魔法の淡い光が傷口を包む。


 少女は恐る恐る傷を見た。


 痛みが消えている。


「……ありがとう」


 小さな声だった。


 それだけで少しだけ救われた気がした。



 だが現場は甘くない。


 次々と運び込まれる負傷者。


 足りない人手。


 終わりの見えない作業。


 空も徐々に曇り始めていた。


 山風が強くなる。


 冷たい風が救護所の幕を揺らした。


 カナトは空を見上げる。


 灰色の雲が山の向こうから流れ込んでくる。


 嫌な天気だった。



 その時だった。


 遠くで炎が上がる。


 リゼアだった。


 崩落した木々を焼き切り、救助ルートを確保している。


 赤い炎が土砂を照らす。


 住民達から歓声が上がった。


 瓦礫の向こうから閉じ込められていた人が見つかったらしい。


 リゼアは次の場所へ向かう。


 迷いなく。


 誰よりも早く。


 その姿は頼もしかった。


 だが。


 どこか危うくも見えた。


 理由は分からない。


 それでも胸の奥がざわつく。


 訓練場で見たあの表情が離れなかった。



「カナト!」


 呼ばれる。


 搬送班だった。


「こっち頼む!」


「今行きます!」


 考えている余裕はない。


 カナトは再び走り出した。


 負傷者の元へ向かう。


 今助けられる命が目の前にある。


 ならば迷う理由はなかった。



 夕方。


 山間部は既に薄暗くなり始めていた。


 曇天のせいもあるだろう。


 救助活動は続いている。


 誰も諦めていない。


 その時だった。


「生存者発見!」


 遠くで声が上がる。


 現場の空気が変わった。


 隊員達が一斉に顔を上げる。


 希望だった。


 まだ助けられる命がある。


 誰もがそう思った。


 だが次の報告で空気が変わる。


「場所は第三崩落地点!」


「斜面奥です!」


 ざわめきが広がる。


 カナトも地図へ目を向ける。


 第三崩落地点。


 最も危険とされている区域だった。


 土砂が不安定。


 二次崩落の危険あり。


 救助隊も慎重に近付いていた場所。



 ギルフォードが現場へ現れる。


 周囲には各班の隊員達。


 風が吹く。


 斜面の土砂が小さく崩れ落ちる。


 誰もがそれを見た。


 危険だ。


 分かっている。


 だが。


 助けを待っている人がいる。


 その事実も変わらない。


 重たい沈黙が落ちる。


 カナトは無意識に周囲を見回した。


 少し離れた場所。


 リゼアが崩落地点を見つめている。


 その視線は真っ直ぐだった。


 だが。


 その瞳の奥には焦りにも似た光が宿っているように見えた。


 山を吹き抜ける風が強くなる。


 灰色の雲が空を覆う。


 嵐の前の静けさのように、現場は不気味なほど静まり返っていた。



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