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第55話 見え始めた違和感

 合同訓練の日。


 朝の訓練場には多くの訓練生が集まり、木剣の打ち合う音や掛け声が響いていた。


 カナトが準備をしていると、不意に聞き慣れた声が飛んできた。


「おーい、カナト!」


 振り返ると、ガルドが大きく手を振っていた。


 その隣にはアイリスの姿もある。


「おはよう」


「おう。最近も任務で顔は合わせてたけど、こうして話すのは久しぶりだな」


 ガルドが笑う。


 巡回や護衛任務で同じ現場になることは何度かあった。


 だが互いに持ち場が違い、軽く挨拶を交わす程度で終わることがほとんどだった。


「そっちは順調か?」


「少しずつだけどね」


 カナトが答えると、アイリスも穏やかに頷いた。


「以前より余裕が感じられます」


「ありがとう」


 照れくさそうに笑うカナトを見て、ガルドも満足そうに笑った。



 やがて合同訓練が始まる。


 模擬戦、連携訓練、負傷者対応。


 広い訓練場のあちこちで様々な訓練が行われていた。


 皆がそれぞれの役割をこなしながら動いていく。


 その最中だった。


「……あれ?」


 ガルドが小さく首を傾げた。


 視線の先にはリゼアがいる。


 教官の指示を受け、一瞬遅れて動き出す。


 魔法の精度に問題はない。


 狙いも威力も申し分ない。


 それでも、普段の彼女を知る者なら気付く程度の違和感があった。


「どうかしたの?」


 カナトが尋ねる。


「いや、気のせいならいいんだけどさ」


 ガルドは腕を組んだ。


「今日のリゼア、何かおかしくないか?」


 隣でアイリスも静かに口を開く。


「私も少し気になっていました」


「疲労もそうですが、何か張り詰めているような印象です」


 カナトは黙ってリゼアを見つめた。


 橋の任務以降、自分が感じ続けていた違和感。


 それは思い込みではなかったらしい。



 昼休憩。


 他の訓練生達が木陰で談笑する中、リゼアは一人で黙々と自主訓練を続けていた。


 赤い炎が標的へ突き刺さる。


 轟音が響き、砂煙が舞う。


 その姿を見ながら、ガルドがぽつりと呟いた。


「前はもう少し肩の力が抜けてた気がするんだけどな」


「ええ」


 アイリスも視線を向けたまま頷く。


「今は何かに追われているようにも見えます」


 その言葉が、カナトの胸に重く残った。



 訓練が終わり、夕暮れが近付く。


 ガルド達と別れた後も、その会話は頭から離れなかった。


 やはり気のせいではない。


 誰の目にも、今のリゼアはらしく映っていないのだ。


 カナトは一人、アリーナへ足を向けた。


 そこには予想通り、リゼアの姿があった。


 誰もいない標的へ向かい、黙々と魔法を放ち続けている。


「リゼア」


 声を掛ける。


 炎が消え、リゼアが振り返った。


「あら、カナト」


 笑おうとしたのだろう。


 その表情には、どこかぎこちなさが残っていた。


「今度、また一緒に訓練しない?」


 以前、一緒に魔法の練習をした時のように。


 そんな思いを込めた誘いだった。


 リゼアは僅かに目を見開く。


 だが次の瞬間には視線を逸らした。


「……今はいいわ」


 返事は早かった。


 考える間もなかったように。


「忙しいから」


 それだけ言うと、再び標的へ向き直る。


 杖が振られる。


 赤い炎が一直線に走り、標的を飲み込んだ。


 轟音が響く。


 まるで会話を断ち切るように。


 カナトは何か言おうとして、結局口を閉じた。


 夕暮れのアリーナには、再び炎の音だけが響いていた。


 その背中が、以前より少しだけ遠く感じられた。


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