第55話 見え始めた違和感
合同訓練の日。
朝の訓練場には多くの訓練生が集まり、木剣の打ち合う音や掛け声が響いていた。
カナトが準備をしていると、不意に聞き慣れた声が飛んできた。
「おーい、カナト!」
振り返ると、ガルドが大きく手を振っていた。
その隣にはアイリスの姿もある。
「おはよう」
「おう。最近も任務で顔は合わせてたけど、こうして話すのは久しぶりだな」
ガルドが笑う。
巡回や護衛任務で同じ現場になることは何度かあった。
だが互いに持ち場が違い、軽く挨拶を交わす程度で終わることがほとんどだった。
「そっちは順調か?」
「少しずつだけどね」
カナトが答えると、アイリスも穏やかに頷いた。
「以前より余裕が感じられます」
「ありがとう」
照れくさそうに笑うカナトを見て、ガルドも満足そうに笑った。
◇
やがて合同訓練が始まる。
模擬戦、連携訓練、負傷者対応。
広い訓練場のあちこちで様々な訓練が行われていた。
皆がそれぞれの役割をこなしながら動いていく。
その最中だった。
「……あれ?」
ガルドが小さく首を傾げた。
視線の先にはリゼアがいる。
教官の指示を受け、一瞬遅れて動き出す。
魔法の精度に問題はない。
狙いも威力も申し分ない。
それでも、普段の彼女を知る者なら気付く程度の違和感があった。
「どうかしたの?」
カナトが尋ねる。
「いや、気のせいならいいんだけどさ」
ガルドは腕を組んだ。
「今日のリゼア、何かおかしくないか?」
隣でアイリスも静かに口を開く。
「私も少し気になっていました」
「疲労もそうですが、何か張り詰めているような印象です」
カナトは黙ってリゼアを見つめた。
橋の任務以降、自分が感じ続けていた違和感。
それは思い込みではなかったらしい。
◇
昼休憩。
他の訓練生達が木陰で談笑する中、リゼアは一人で黙々と自主訓練を続けていた。
赤い炎が標的へ突き刺さる。
轟音が響き、砂煙が舞う。
その姿を見ながら、ガルドがぽつりと呟いた。
「前はもう少し肩の力が抜けてた気がするんだけどな」
「ええ」
アイリスも視線を向けたまま頷く。
「今は何かに追われているようにも見えます」
その言葉が、カナトの胸に重く残った。
◇
訓練が終わり、夕暮れが近付く。
ガルド達と別れた後も、その会話は頭から離れなかった。
やはり気のせいではない。
誰の目にも、今のリゼアはらしく映っていないのだ。
カナトは一人、アリーナへ足を向けた。
そこには予想通り、リゼアの姿があった。
誰もいない標的へ向かい、黙々と魔法を放ち続けている。
「リゼア」
声を掛ける。
炎が消え、リゼアが振り返った。
「あら、カナト」
笑おうとしたのだろう。
その表情には、どこかぎこちなさが残っていた。
「今度、また一緒に訓練しない?」
以前、一緒に魔法の練習をした時のように。
そんな思いを込めた誘いだった。
リゼアは僅かに目を見開く。
だが次の瞬間には視線を逸らした。
「……今はいいわ」
返事は早かった。
考える間もなかったように。
「忙しいから」
それだけ言うと、再び標的へ向き直る。
杖が振られる。
赤い炎が一直線に走り、標的を飲み込んだ。
轟音が響く。
まるで会話を断ち切るように。
カナトは何か言おうとして、結局口を閉じた。
夕暮れのアリーナには、再び炎の音だけが響いていた。
その背中が、以前より少しだけ遠く感じられた。




