第52話 らしくない
春の陽気が森の中へ差し込んでいた。
木々の隙間から漏れる光が地面を照らし、柔らかな風が葉を揺らしている。
第九班は薬草採集班の護衛任務に就いていた。
危険度は低い。
大型魔物の出没報告もない。
橋の任務のような緊張感はなかった。
それでも護衛対象である採集者達はどこか落ち着かない様子だった。
「毎回来てるんですけどね」
年配の男性が苦笑する。
「やっぱり森は慣れませんよ」
「そういうものなんですか?」
カナトが尋ねる。
「そういうもんですよ」
男性は肩を竦めた。
「若い頃は平気だったんですがね。年を取ると色々考えちゃうんです」
そう言って笑う。
採集者達にとっても、森は仕事場であると同時に危険な場所なのだろう。
◇
森の奥へ進むにつれ、採集者達は手際よく薬草を摘み始めた。
「これは傷薬の材料です」
「こっちは解熱剤ですね」
名前は知っている。
医療部門の参考書で何度も見た薬草だった。
だが実際に生えている姿を見るのは初めてだ。
同じ薬草でも葉の形や色には微妙な違いがある。
採集者達はそれを迷うことなく見分けていた。
(凄いな……)
思わずそんな感想が浮かぶ。
病院で使う薬の原料が、こうして森の中で採取されている。
本の中でしか知らなかった知識が、少しだけ現実味を帯びた気がした。
◇
「カナト」
少し離れた場所からレオンが手を振る。
「これ分かる?」
差し出された薬草を見る。
最近図書室で読んだ本に載っていた。
「止血薬の原料ですよね」
「正解」
レオンが笑う。
「勉強してるね」
少しだけ嬉しくなる。
橋の任務の頃なら分からなかった。
図書室へ通うようになってから、知識が少しずつ繋がり始めている。
「治癒魔法だけじゃ限界があるからね」
レオンは薬草を軽く揺らした。
「現場で魔力切れになることもある。薬の知識はあって損しないよ」
「はい」
カナトは真剣に頷いた。
こういう話を自然に教えてくれるところも、レオンらしいと思う。
◇
昼頃になると採集は順調に進んでいた。
小型魔物が遠くで姿を見せることはあったが、警戒線の外から近付いてくることはない。
住民達も徐々に緊張が解けてきたようだった。
「リゼアさん」
採集者の女性が声を掛ける。
「この辺りって安全なんでしょうか?」
返事がない。
女性も少し不思議そうな顔をした。
「リゼア?」
レオンが呼ぶ。
その瞬間だった。
リゼアが我に返ったように顔を上げる。
「あ……失礼しました」
珍しい。
普段ならあり得ないことだった。
リゼアはすぐに周辺の状況を確認し、採集者へ説明を始める。
「大型魔物の痕跡はありません。ただし森です。絶対に安全とは言い切れません。私達の近くから離れないでください」
説明に問題はない。
それでもカナトの胸には小さな違和感が残った。
◇
午後。
採集は終盤へ差し掛かっていた。
カナトは周辺警戒をしながら森の中を歩く。
鳥の鳴き声。
風で揺れる枝葉。
以前なら全て同じに聞こえていたかもしれない。
だが最近は少し違う。
異変があれば分かる。
そんな感覚が身に付き始めていた。
その時だった。
草むらが揺れる。
小型魔物。
狼に似た魔物が飛び出した。
「っ!」
採集者の一人が悲鳴を上げる。
だがカナトは慌てなかった。
剣を抜く。
魔物と採集者の間へ滑り込む。
以前ならもっと焦っていただろう。
橋の任務。
街道警備。
搬送支援。
小さな経験が少しずつ身体に積み重なっていた。
魔物が唸る。
距離は近い。
だが対応できる。
そう判断した瞬間だった。
轟音。
赤い炎が森を切り裂いた。
熱風が吹き抜ける。
狼型の魔物は一瞬で飲み込まれた。
だが。
その背後にあった木まで吹き飛ぶ。
幹が砕ける。
破片が周囲へ飛び散った。
採集者達が身を竦めた。
静寂が落ちる。
◇
リゼアが杖を下ろす。
本人も分かっているのだろう。
表情が僅かに曇った。
今の相手に必要な火力ではなかった。
魔物は倒せた。
結果だけ見れば問題ない。
だが。
リゼアならもっと正確に処理できたはずだった。
「ごめんなさい」
小さな声だった。
採集者達は慌てて首を振る。
「いえ!」
「助かりました!」
誰も責めない。
むしろ感謝している。
それでもリゼアは納得していないようだった。
その後は口数も少ない。
視線だけが時折遠くを見ていた。
◇
帰路。
森は夕暮れに染まっていた。
橙色の光が木々の間を通り抜ける。
レオンが歩きながら口を開く。
「疲れてる?」
何気ない声だった。
向けられた先はリゼアだ。
「いいえ、大丈夫です」
返事は早い。
だがレオンは少しだけ苦笑した。
「そう」
それ以上は聞かない。
無理に聞き出しても意味がないと分かっているのだろう。
カナトは二人のやり取りを見ながら歩く。
リゼアは前を向いている。
背筋も真っ直ぐだ。
足取りも変わらない。
それなのに。
どこか危うい。
何かに追われるような焦りだけが、その背中から消えていなかった。
夕陽が森の向こうへ沈んでいく。
誰も口を開かないまま、第九班はアルビオンへの帰路を進んだ。




