第51話 少しずつ
アルビオンでの日々は、静かに積み重なっていた。
午前は講義を受け、医療部門で診療記録の整理や備品の補充を手伝う。
午後は任務や訓練に備え、それぞれが必要な技術を磨く。
派手さはない。
だが、そうした積み重ねが現場を支えているのだと、カナトにも少しずつ分かり始めていた。
◇
その日もカナトは医療部門の処置室にいた。
棚へ薬品を戻し、使い終わった器具の確認を終える。
「ありがとう」
担当の隊員が笑顔を向けた。
「最初の頃よりずっと手際が良くなったね」
「ありがとうございます」
まだ覚えることは山ほどある。
それでも、自分が役に立てていると思える瞬間は嬉しかった。
◇
午後からは街道沿いの巡回任務だった。
暖かな陽気もあって往来は多い。
荷馬車が行き交い、旅人達の姿も見える。
大きな事件は起きなかった。
その代わり、小さな困り事が次々と舞い込んでくる。
荷車から降りる際に足を捻った商人。
転んで膝を擦りむいた子ども。
魔物に襲われたわけではない。
命に関わる怪我でもない。
それでも治療を終えると、皆ほっとした表情を浮かべて頭を下げてくれた。
カナトは、その度に治癒師という仕事の意味を改めて実感する。
◇
巡回を終えた帰り道。
レオンがふと口を開いた。
「最近、判断が早くなったね」
「そうですか?」
「うん」
以前なら立ち止まって考えていた場面でも、今は自然と身体が動いている。
患者の状態を確認し、必要な処置を選び、迷わず治癒魔法を施す。
経験が少しずつ知識へ結び付いてきた証拠なのだろう。
「まだまだです」
そう答えると、レオンは穏やかに笑った。
「その気持ちを忘れなければ大丈夫だよ」
◇
任務報告を終えた後、カナトは医療部門の図書室へ立ち寄った。
棚から応急処置の専門書を取り出す。
ページをめくると、巡回中に対応した症例とよく似た記述が目に入った。
現場で経験したことが、文字として理解に繋がっていく。
以前なら難しく感じていた内容も、今は自然と頭へ入ってきた。
「なるほど……」
思わず小さく呟く。
学ぶことは尽きない。
だからこそ面白い。
静かな図書室で本を閉じた時、カナトは橋の任務へ向かう前よりも、自分がほんの少し成長していることを感じていた。




