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第49話 報告書

 アルビオンへ戻ったのは日が暮れた頃だった。


 夕陽は既に沈み、施設の窓から漏れる灯りが夜の街を照らしている。


 正門をくぐった瞬間、カナトは小さく息を吐いた。


 ようやく帰ってきた。


 そんな実感が湧く。


「お疲れ様」


 レオンが振り返る。


「初任務どうだった?」


 また同じ質問だった。


 だが今度は少しだけ答えが違う。


「疲れました」


 レオンが吹き出した。


「あはは」


「それが一番正直かもね」


 隊員達が笑う。


 張り詰めていた空気が少し和らいだ。



 第九班はそのまま報告室へ向かった。


 任務が終われば終わりではない。


 報告書作成も仕事の一つだった。


 大きな机を囲む。


 レオンは慣れた様子で書類を広げた。


「まず負傷者」


「軽傷五名です」


 カナトが答える。


「全員処置済み。後遺症の可能性もありません」


「了解」


 レオンはさらさらと記録していく。


 その様子を見ながら、カナトは少し驚いていた。


 戦場ではあれだけ周囲を見ていたのに。


 事務作業まで早い。


 隙がない。


「カナト」


「はい」


「橋の補修状況まとめてもらっていい?」


「分かりました」


 自然な流れだった。


 新人だから雑用を押し付ける。


 そんな雰囲気ではない。


 役割分担。


 ただそれだけ。


 だから不思議と嫌な気持ちはしなかった。



 部屋の反対側ではリゼアも報告書を書いていた。


 いつも通り。


 そう見える。


 だがペンが止まる回数が多い。


 何度も書いては消し、また書き直している。


 珍しかった。


 リゼアはどちらかというと迷わない人間だ。


 少なくともカナトにはそう見えていた。


「リゼア」


 レオンが声を掛ける。


「大丈夫?」


「問題ありません」


 即答だった。


 だがレオンはそれ以上聞かなかった。


「なら良かった」


 そう言って書類へ視線を戻す。


 気付いていないわけではない。


 気付いていて触れない。


 そんな風に見えた。


 

 ギルフォードの隊長室へ向かい、報告が終わった頃には、すっかり夜になっていた。


 窓の外には街の灯りが見える。


 部屋を出ようとした時だった。


「ご苦労だった」


 低い声が響く。


 振り返る。


 ギルフォードだった。


「橋は予定通り復旧した」


「負傷者も最小限」


 短い言葉。


 それでも十分だった。


 褒めている。


 それが分かる。


 視線がカナトへ向いた。


「治療は早かったな」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「え?」


「助かった隊員も多い」


 それだけ言う。


 「もう下がっていい」


 「…はい、失礼いたします」


 カナトはそう答え、三人は一礼して静かに隊長室を後にした。


 隊長室を出てしばらく歩いた頃。


 レオンが笑った。


「いやあ」


「珍しい」


「今の、かなり褒めてるよ」


「そうなんですか?」


「うん」


 レオンは頷く。


「僕、初任務の時そんなこと言われなかったし」


 カナトは思わず苦笑した。


 少しだけ。


 嬉しかった。



 寮へ戻る道を、第九班の三人は並んで歩いていた。


 夜風が心地良い。


 戦闘の疲労は残っている。


 それでも任務を終えた解放感があった。


 レオンは前を歩きながら、橋の作業員から貰った差し入れの話をしている。


 その話にカナトは時々相槌を打った。


 だが。


 リゼアは少し静かだった。


 返事はしている。


 話も聞いている。


 けれど、どこか上の空だった。


 やがて寮の分岐が近付き、レオンが別棟へ向かう。


「じゃあまた明日」


「お疲れ様」


 軽く手を振りながら去っていく。


 残されたのはカナトとリゼアの二人だった。


 少しだけ静かな時間が流れる。


「リゼア」


「何?」


 返事はすぐ返ってきた。


 だが視線は前を向いたまま。


「大丈夫?」


 数歩分の沈黙。


 夜風が赤い髪を揺らした。


「何が?」


「いや、なんか元気ないから」


 リゼアは少しだけ目を細める。


 そして小さく笑った。


「気のせいよ」


 いつも通りの口調だった。


「そうか」


「そうよ」


 会話はそこで終わった。


 カナトはそれ以上聞かなかった。


 聞いてはいけない気がしたからだ。


 けれど。


 胸の奥に、少しだけ引っ掛かるものが残った。


 もし自分が悩んでいたら、リゼアは話を聞いてくれるだろう。


 だからこそ、今の沈黙が妙に気になった。


 隣を歩いているのに。


 どこか遠くにいるようだった。


 夜空を見上げる。


 星が瞬いている。


 初任務は終わった。


 だが。


 カナトはまだ知らない。


 この小さな違和感が、やがて第九班を大きく揺らすことになることを。


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