第48話 任務の終わり
翌朝。
橋の上には再び木槌の音が響いていた。
昨日の戦闘が嘘だったかのように、作業員達は補修作業へ戻っている。
川の流れる音。
木材を切る音。
職人達の掛け声。
穏やかな朝だった。
カナトは橋の欄干へ手を置きながら、その光景を見つめる。
「不思議です」
思わず呟いた。
「何が?」
隣からレオンの声が返ってくる。
「昨日あんなことがあったのに、もう普通に作業してるんだなって」
レオンは橋の上を見渡した。
補修箇所を確認する職人。
木材を運ぶ作業員。
橋脚を点検する技術者。
皆忙しそうだ。
「まあ、生活があるからね」
レオンは苦笑する。
「橋が使えないと困る人もいるし」
カナトは昨日ギルフォードが説明していた地図を思い出す。
影響人口三千。
橋一本が止まるだけで、多くの人の生活が変わる。
頭では理解していた。
だが今は少しだけ実感できる。
橋を守るということは、人を守るということなのだと。
◇
補修作業は順調だった。
群れの襲撃以降、魔物は現れていない。
周辺警戒を続ける隊員達にも大きな動きはないようだった。
カナトは橋脚近くで負傷した隊員達の最終確認を行っていた。
昨日治療した槍兵も元気そうに歩いている。
「ありがとう」
その隊員が頭を下げた。
「おかげで今日も動けるよ」
「それなら良かったです」
カナトは笑う。
治療をして感謝される。
それは当たり前のことなのかもしれない。
それでも嬉しかった。
昨日、自分がやったことは無駄ではなかったのだと思える。
◇
昼頃になると補修は大部分が終わった。
橋の中央では職人達が最終確認を行っている。
その様子を見ながら、レオンが伸びをした。
「どう?」
突然聞かれた。
「初任務」
カナトは少し考える。
思い出すのは昨日の光景だった。
群れ。
炎。
負傷者。
ギルフォード。
そして。
「思ってたのと全然違いました」
正直な感想だった。
レオンが笑う。
「あはは」
「だろうね」
「もっと戦うものだと思ってました」
「まあ新人はみんなそう言うかな」
レオンは肩を竦めた。
「でも実際は、戦わなくて済むならそれが一番だから」
その言葉にカナトは頷く。
昨日、自分が剣を振った回数は多くない。
むしろ治療や避難誘導の方が圧倒的に多かった。
けれど。
あれこそが自分の仕事だった気もする。
◇
少し離れた場所ではリゼアが橋の外を見つめていた。
風が長い髪を揺らしている。
一人だった。
珍しく誰とも話していない。
カナトは少し気になった。
「リゼア」
声を掛ける。
リゼアは振り返った。
「ああ、カナト」
「どうしたんだ?」
「別に」
そう言いながらも視線は森の方へ戻る。
昨日、上位個体が現れた方向だった。
少しだけ沈黙が流れる。
「隊長、凄かったね」
カナトが言う。
リゼアは小さく頷いた。
「そうね」
短い返事だった。
いつものような勢いがない。
カナトは首を傾げた。
だが、それ以上は聞かなかった。
◇
夕方。
最後の確認が終わる。
橋は無事に補修された。
作業員達から拍手が起きる。
職人達の表情にも達成感が浮かんでいた。
ギルフォードはそれを確認すると小さく頷く。
「任務完了だ」
その一言で空気が緩む。
隊員達の間から安堵の息が漏れた。
大きな怪我人も出なかった。
橋も守れた。
十分な結果だった。
帰還準備が始まる。
荷物をまとめる隊員達。
談笑する作業員達。
その光景を眺めながら、カナトは空を見上げた。
夕陽が山の向こうへ沈もうとしている。
オレンジ色の光が橋を照らしていた。
初任務。
終わってみれば短かった気もする。
だが学んだことは多い。
レオンのこと。
ギルフォードのこと。
そしてアルビオンという組織のこと。
まだ分からないことばかりだ。
それでも。
少しだけ前へ進めた気がした。
「帰ろうか」
レオンの声が聞こえる。
カナトは頷いた。
「はい」
夕暮れの橋を背に、第九班は帰路につく。
それぞれが違う思いを抱えながら。
次の任務へ向かうために。




