第41話 任務の意味
作戦会議室は思っていたよりも広かった。
壁一面に地図が貼られ、中央には大型の魔導投影機が設置されている。
既に何人もの他の班の隊員達も席についていた。
談笑している者。
報告書へ目を通している者。
机へ突っ伏している者までいる。
もっと張り詰めた空気を想像していたカナトは少し意外だった。
「緊張してる?」
隣へ腰掛けたレオンが小声で聞く。
「…はい」
正直に答える。
レオンは小さく笑った。
「正常だね」
「レオンさんも緊張したことあるんですか?」
「あるよ」
あっさり返ってきた。
「初任務の前なんて胃が痛かった」
「意外です」
「皆そう言うんだよね」
困ったように肩を竦める。
その自然な様子に、カナトの肩から少し力が抜けた。
その時だった。
会議室の扉が開く。
大きな音ではない。
それなのに、雑談が自然と止まる。
誰かが指示した訳ではない。
それでも全員の視線が前へ向いた。
ギルフォード・レイヴン。
無駄のない足取りで前へ進む。
隊員達の反応を見るだけで分かった。
この人は信頼されている。
言葉ではなく、空気がそう教えてくる。
「始める」
ギルフォードが投影機を起動する。
空中へ地図が浮かび上がった。
一本の橋が赤く表示される。
「今回の任務はヴェルナ橋補修作業の護衛だ」
低い声が会議室へ響く。
「橋の老朽化が進んでいる。補修期間は三日。作業員二十一名」
地図が切り替わる。
橋の周辺には三つの集落が表示された。
「だが重要なのは橋そのものじゃない」
ギルフォードが地図を指差す。
「この橋が使えなくなれば物流が止まる」
赤い光が集落を囲む。
「食料が届かなくなる」
「薬が届かなくなる」
「負傷者が出ても搬送できない」
会議室が静まり返る。
「影響人口は約三千」
三千人。
カナトは思わず地図を見つめた。
橋一本で。
そんな人数の生活が左右される。
もし崩落すれば。
病人は診療所へ行けないかもしれない。
必要な薬が届かないかもしれない。
それは命に直結する問題だった。
ギルフォードは続ける。
「橋を直すのは大工達だ」
その言葉に、カナトは顔を上げた。
「俺達の仕事は、その時間を守ることだ」
魔物を倒すためではない。
橋を完成させるため。
人々の生活を守るため。
その手段として戦う。
その順番が妙に胸へ残った。
「魔物が出現した場合は排除する」
ギルフォードが言う。
「だが追撃は不要だ」
「護衛を優先しろ」
隊員達が頷く。
誰も異論を挟まない。
説明は簡潔だった。
だが何を優先するべきかは明確だった。
「以上だ」
会議は終わった。
◇
会議室を出る。
廊下の窓から外を見ると、既に出発準備が進んでいた。
荷車へ資材が積み込まれ、作業員達が慌ただしく動いている。
橋を直すための準備。
そして、その人達を守るための準備。
「どうだった?」
レオンが聞く。
「思っていた任務と違いました」
「戦闘任務だと思ってた?」
「少し」
レオンは笑った。
新人の反応として見慣れているのだろう。
「任務ってね」
窓の外へ視線を向ける。
「戦うことが目的じゃないんだ」
カナトは耳を傾ける。
「守ることだけが目的でもない」
「任された仕事を終わらせること」
その言葉に、先程の会議が重なる。
橋を守る。
違う。
橋を完成させる。
そのために護衛する。
そのために戦う。
目的と手段。
ギルフォードも同じことを言っていた。
「救助なら救助」
「護衛なら護衛」
「橋なら橋」
レオンは続ける。
「目的を忘れると失敗する」
カナトは静かに頷いた。
治癒師として人を救う。
それだけを考えていた。
だがアルビオンは違う。
目の前の患者だけではない。
橋を守ることも。
物流を守ることも。
人々の生活を守ることも。
全部が繋がっている。
「隊長に教わったんですか?」
カナトが尋ねる。
レオンは少し考えた。
そして苦笑する。
「どうだろう」
「背中を見て覚えたかな」
その言葉に。
隣にいたリゼアの視線がわずかに揺れた。
だが誰も触れない。
レオンも。
カナトも。
ただ窓の外を見る。
荷車がゆっくりと動き始める。
第九班最初の任務。
本当の仕事が、いよいよ始まろうとしていた。




