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第36話 遠い背中

 最終適性試験も終盤に差し掛かっていた。


 第三班が最後の負傷者を搬送していた頃。


 別区域では、リゼア達も試験を続けていた。


「北西側の救助完了!」


「南側も終了しました!」


 班員達の報告が飛び交う。


 だが。


 リゼアは足を止めない。


 次の救助地点へ向かう。


「リゼアさん!」


 後ろから声が飛ぶ。


「少し休憩を――」


「まだよ」


 即答だった。


「試験は終わっていないわ」


 そう言って走り続ける。


 班員達は顔を見合わせた。


 決して空気は悪くない。


 むしろ連携も取れている。


 だが。


 どこか焦っているように見えた。



 次の救助地点。


 倒壊した建物の内部。


 負傷者二名。


 一人は軽傷。


 一人は搬送が必要な状態だった。


「担架を」


 リゼアが指示を出す。


「私が搬送するわ」


「いや、ここは自分が――」


「大丈夫」


 言葉を遮る。


「時間がないから」


 班員が何か言いかける。


 だが結局頷いた。


 リゼアは優秀だ。


 誰もが認めている。


 だからこそ。


 任せてしまう。


 本人も。


 それを受け入れてしまう。



 搬送中。


 リゼアは無意識に端末へ視線を落とした。


 試験進行状況。


 救助人数。


 処置数。


 評価項目。


 どれも順調だった。


 それでも。


 足りない気がした。


(もっと速く)


 そう思う。


(もっと正確に)


 そう思う。


(もっと――)


 ふと。


 一つの名前が頭をよぎる。


 レオン・クロード。


 歴代最高記録保持者。


 何度も聞いた名前。


 学園で。


 訓練で。


 講義で。


 教官達の口から。


 何度も。


 理想の隊員として語られてきた名前。


 その背中を追い続けてきた。


 いつか追い越したいと思った。


 だが。


 届かない。


 どれだけ努力しても。


 あと一歩が届かない。


「リゼアさん?」


 班員の声で我に返る。


「……何でもないわ」


 表情を整える。


 こんな感情を見せるわけにはいかない。


 ヴォルト家の名を背負う者として。


 期待される立場として。


 弱音など吐けない。



 やがて。


 試験終了の鐘が鳴った。


 区域各所で魔導拡声器が起動する。


『最終適性試験を終了する』


『受験者は指定地点へ集合せよ』


 長かった試験が終わる。


 班員達から安堵の声が漏れた。


「終わった……」


「流石に疲れたな」


 そんな声が聞こえる。


 だが。


 リゼアの胸の内は静かなままだった。


 結果が気になっていた。


 救助できた人数。


 処置内容。


 評価。


 そして。


 歴代記録。



 集合広場。


 受験生達が次々と集まってくる。


 巨大な投影板が起動した。


 ざわめきが広がる。


『最終適性試験 総合順位』


 文字が浮かび上がる。


 誰もが息を呑んだ。


 順位が表示されていく。


 歓声。


 安堵。


 悔しそうな声。


 様々な感情が広場を満たしていく。


 『総合評価一位 リゼア・ヴォルト』


 それを見てリゼアは手を握りしめた。


 だが。


 その後の表示から目を逸らせなかった。


『歴代最高記録』


 レオン・クロード


 その名前は、他の記録よりも一段高い位置に表示されていた。


 何度も見た名前だった。


 だからこそ。


 その場所にあることが当たり前になっている。


 そして今日も。


 その場所にいる。


『更新者なし』


 ただその一文だけが続く。


 周囲から感嘆の声が漏れた。


「今年も抜けなかったのか……」


「やっぱり別格なんだな」


 そんな声が聞こえる。


 リゼアは黙って見上げる。


 結果自体は悪くない。


 むしろ優秀だ。


 多くの同期が届かない位置にいる。


 それでも。


 視線はそこから動かない。


 歴代最高記録。


 レオン・クロード。


 その名前だけを見つめ続ける。


 悔しくないわけではない。


 だが。


 それだけではなかった。


 ただ。


 思う。


(もっとできた)


 搬送を任せられたかもしれない。


 判断を班員へ委ねられたかもしれない。


 時間を短縮できた場面もあった。


 結果は残った。


 だが。


 完璧ではなかった。


 だから届かなかった。


 そう結論付けてしまう。


 やがて。


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「……また届かなかった」


 その言葉は。


 歓声に紛れて消えていった。


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