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第32話 現場の判断

 足の負傷者への処置を終えた第三班は、残る二人の対応も完了させ、安全地点への搬送を終えていた。


 端末へ救助完了の記録を入力する。


 エミールが安堵したように息を吐いた。


「何とか上手くいきましたね……」


「まだ二件だ」


 ディルクが歩き出す。


「試験は終わってねぇ」


 その言葉は正しい。


 第三班は再び区域内へ戻った。


 模擬災害区域。


 崩れた建物。


 煙。


 倒壊した壁。


 視界は決して良くない。


 十分ほど進んだ頃だった。


「止まれ」


 ディルクが突然手を上げる。


 全員が足を止めた。


「どうしたの?」


 カナトが尋ねる。


 ディルクは前方を指差した。


「地面」


 そこには大きな亀裂が走っていた。


 幅は二メートルほど。


 飛び越えられなくはない。


 だが荷物を持った状態では危険だった。


 その向こう側。


 煙の奥から声が聞こえる。


「た、助けて……!」


 負傷者だ。


 エミールが顔を上げる。


「いました!」


「見えてる」


 ディルクは短く答えた。


 そして周囲を見回す。


「回り込む」


「え?」


 エミールが驚く。


「でも向こうに負傷者が」


「だからだ」


 ディルクは即答した。


「このまま行く方が危険だ」


 カナトは亀裂を見た。


 確かに不安定だ。


 だが。


「一人なら渡れそうだけど」


 そう言った瞬間。


 ディルクが振り返った。


「それで?」


「先に状態確認だけでも――」


「駄目だ」


 即答だった。


 カナトが少し驚く。


 ディルクは真剣な顔をしていた。


「何で?」


「地形が悪い」


 短い返答。


「飛び越えた後に足場が崩れたら終わりだ」


 カナトは黙る。


「負傷者の場所も見えてない」


 ディルクは続けた。


「戻れなくなったらどうする」


 それは。


 カナトにはない視点だった。


「それに」


 ディルクは亀裂の先を見据える。


「救助するなら搬送も考えろ」


 「お前ら治癒師は患者しか見ていない」


 「現場はそれじゃ回らねぇ」


 その言葉で。


 カナトは理解した。


 診るだけなら出来る。


 だが。


 助けた後に運べない。


 それでは意味がない。


「なるほど」


 素直に頷く。


 ディルクは少し意外そうな顔をした。


「……何だよ」


「いや」


 カナトは苦笑する。


「確かにその通りだと思って」


 今度はディルクが黙る番だった。


 横ではエミールも感心している。


「そこまで考えてたんですね」


「前衛なら当たり前だ」


 ぶっきらぼうな返答。


 だが。


 少しだけ機嫌は良くなっているようだった。


 ミレナが静かに呟く。


「現場判断」


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ事実を口にしただけ。


 そして。


 カナトは少しだけ考える。


 医療として正しいこと。


 戦術として正しいこと。


 それは必ずしも同じではない。


 診ることが最優先でも。


 そこへ辿り着けなければ意味がない。


 助けることが最優先でも。


 運び出せなければ意味がない。


 組織とは。


 それぞれの専門性を持ち寄るものなのだろう。


 カナトはアルビオンで教わったことを改めて思い出した。


「回り込むぞ」


 ディルクが先頭へ立つ。


 今度は誰も異論を唱えなかった。


 そして十分後。


 第三班は亀裂の反対側へ到達する。


 だが。


 そこで全員が足を止めた。


「……え?」


 エミールが声を漏らす。


 負傷者は一人ではなかった。


 三人。


 いや。


 さらに奥にも人影が見える。


 少なくとも五人以上。


 しかも。


 全員が別々の場所へ散らばっていた。


 ディルクが舌打ちする。


「面倒な配置しやがる」


 カナトは周囲を見回した。


 同時救助は不可能。


 全員を一度に助けることはできない。


 つまり。


 また選ばなければならない。


 だが。


 今度は前回と違う。


 負傷者の数が多すぎる。


 そして地形も悪い。


 優先順位だけでは解決できない。


 誰が行くか。


 誰を救うか。


 どう運ぶか。


 第三班は初めて。


 本当の意味での役割分担を求められていた。


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