第30話 最初の負傷者
試験開始の合図と同時に、各班が一斉に走り出した。
第三班も指定区域へ進入する。
先頭はディルク。
その後ろをカナト、エミール、ミレナが続く。
開始から五分。
既に他班の姿は見えなくなっていた。
ディルクの足は速い。
地形確認。
周囲警戒。
進行判断。
迷いがなかった。
前衛としての実力は本物なのだろう。
だが。
第三班は会話が少なかった。
ディルクは前だけを見る。
エミールは話しかけるタイミングを探している。
ミレナは周囲を観察している。
まだ班として噛み合っていない。
「左前方」
不意にミレナが口を開いた。
全員が視線を向ける。
「煙」
短い言葉。
その先には模擬災害を再現した煙が上がっていた。
「行くぞ」
ディルクが即座に進路を変える。
数分後。
瓦礫に埋もれた人影を発見した。
「負傷者!」
エミールが声を上げる。
若い男性。
右腕から出血。
苦しそうな呼吸。
「助けてくれ……」
人間と見分けがつかない。
だがこれは患者人形。
以前講義で使用したいた物よりも高性能に見えるが。
外傷だけでなく、生体反応も再現されており、訓練用としてより広く使われている。
研修期間中にも何度か使用したため、カナト達にとっても見慣れた存在だった。
「新型ですね」
エミールがぽつりと呟く。
「分かるの?」
カナトが聞く。
「研究部門で少し話題になってたんです」
エミールは模擬患者へ視線を向けた。
「前の型より再現度が上がってるらしいですよ」
「へぇ」
その間にディルクがしゃがみ込む。
一瞬確認。
「胸をやってるな」
「だが歩ける」
そして立ち上がった。
「軽傷だ」
「え?」
エミールが目を瞬かせる。
「後回しだ」
ディルクはそう言ってそのまま歩き出そうとする。
「待って」
カナトが声を掛けた。
ディルクが振り返る。
「…何だ」
「少し診せて」
「時間の無駄だ」
「一分でいいから」
ディルクは露骨に不機嫌そうな顔をした。
だが舌打ちしながら道を空ける。
「一分だぞ」
カナトは負傷者の側へしゃがみ込む。
呼吸。
顔色。
意識。
出血の有無。
そして胸部。
確かに違和感があった。
魔眼を通してもう一度確認する。
胸郭の動き。
浅い呼吸。
息を吸う度に僅かに顔が歪む。
「ディルク」
「何だ」
「この人、歩かせたら悪化する可能性がある」
「は?」
「胸部損傷の可能性がある」
エミールが息を呑んだ。
「え?」
「外傷は軽く見えるけど、状態は良くない」
「気胸のリスクもある」
カナトは落ち着いて言う。
「搬送優先度は高い」
ディルクの眉間に皺が寄る。
「そこまで見ただけで分かるのか」
「分からない」
カナトは首を振った。
「だから確認した」
ディルクが言葉に詰まる。
その間にもカナトは胸部へ応急処置としての治癒魔法を使用し、端末へ入力していた。
【負傷者①】
状態: 意識清明
所見: 右上肢外傷 呼吸状態異常あり 胸部損傷疑い
評価: 外見に比して重症化リスクあり
対応: 10:20 治癒魔法にて初期対応済み。自力歩行は気胸リスクあるため回避、搬送優先度上位
「エミール」
「は、はい!」
「担架準備お願い」
「わ、分かった!」
慌てながら動き出す。
「ミレナ」
「何」
「周囲警戒お願い」
「了解」
短い返答。
自然な流れだった。
誰も指揮権について話していない。
それでも気付けば全員が動いていた。
ただ一人を除いて。
ディルクだけが立ち尽くしている。
不機嫌そうな顔。
納得していない顔。
そして少しだけ驚いている顔。
「手伝ってもらってもいい?」
カナトが言った。
責める口調ではない。
勝ち誇る様子もない。
本当に手伝ってほしいだけの声音だった。
ディルクは数秒黙り込む。
「……チッ」
盛大な舌打ち。
だが負傷者へ近付いてくる。
エミールは小さく安堵した。
少なくとも。
班はまだ壊れていない。
そう思えたからだ。
◇
負傷者を安全地点へ搬送した後。
第三班は再び区域内へ戻っていた。
今度はエミールが地図を見ながら歩いている。
「この先に次の救助ポイントがあります」
「急ぐぞ」
ディルクが先頭へ出る。
先程より少しだけ速度が上がっていた。
苛立っているのだろう。
誰も何も言わない。
やがて。
広場のような場所へ出た。
そこで全員の足が止まる。
「……あれ?」
エミールが声を漏らした。
負傷者が三人。
同時に発見されたのだ。
一人は足を負傷している。
一人は頭部から出血している。
一人は地面へ横たわったまま動かない。
ディルクが即座に動こうとした。
「ど、どうする?」
エミールが思わず声を上げる。
研究部門である自分には判断できない。
三人を助ける余裕もない。
誰を優先するべきなのか。
ディルクの眉が動く。
ミレナも三人の負傷者を見比べていた。
そして。
エミールの視線がカナトへ向く。
ディルクは地図に視線を落とした。
カナトは三人の負傷者を見つめた。
第一試験で何度も見た光景。
限られた人員。
複数の負傷者。
優先順位。
今度は紙の上ではない。
実際に、自分で決めなければならない。
第三班の試験は。
ここからが本番だった。




