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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第3話 修行の日々

 ガキィン!!


 乾いた衝突音が、朝靄の裏庭に響いた。


「遅い」


 父親の木剣が、カナトの脇腹を容赦なく打ち抜く。


「ぐっ……!」


 肺の空気が強制的に吐き出される。


 数歩よろめき、そのまま地面へ膝をついた。


 まだ朝日も昇り切っていない。


 だというのに、全身は既に汗だくだった。


「立て」


 短い声。


 父親は呼吸一つ乱していない。


 カナトは歯を食いしばり、木剣を支えに立ち上がる。


「……っ、今の見えてた」


「見えていただけだ」


「いや普通避けられないでしょ……」


「避けろ」


 無茶を言う。


 だが父親の表情は真剣だった。


「アルビオンでは、一瞬止まれば死ぬ」


 朝の冷たい空気の中、その言葉だけが妙に重く響く。


 父親が再び木剣を構えた。


 先ほどまで感じていた朝の冷気が、ふっと消える。


 目の前に立つのは、父親ではなかった。


 生き残ることだけを知る、一人の剣士だった。


 カナトの右眼が、じわりと熱を持つ。


 視界が研ぎ澄まされる。


 筋肉の動き。


 重心。


 踏み込み。


 次に来る軌道。


 全部が見える。


「――そこ!」


 ギィン!!


 今度は受け止めた。


 だが。


「甘い」


「っ!?」


 衝撃が途中で消える。


 次の瞬間には、別方向から木剣が迫っていた。


 咄嗟に身体を捻る。


 木剣が頬を掠め、髪が数本宙を舞った。


「フェイント……!?」


「見えるだけで満足するな」


 父親が静かに踏み込む。


「“どう動くか”を読め」


 再び衝撃。


 カナトは必死に食らいついた。



「はい、終わり」


 昼。


 母親が机へ薬草を並べながら告げた。


「今日の薬学」


「父さんの後にこれキツいんだけど……」


「戦場でそんなこと言ってられないでしょう」


 淡々と返される。


 カナトは渋々椅子へ座った。


 机の上には、数種類の乾燥薬草と、小瓶に入った液体。


「じゃあ問題」


 母親が一本の薬草を持ち上げる。


「これは?」


「……リル草」


「用途」


「止血補助。煎じると炎症も抑えられる」


「副作用」


「大量投与で魔力酔い」


「よし」


 次。


 次。


 次。


 容赦なく問題が飛んでくる。


 カナトは必死に答え続けた。


「じゃあこれは」


 母親が黒い液体の入った瓶を置く。


 見たことがない。


「知らない」


「あなたのその眼で見てみなさい」


 カナトは小瓶を手に取る。


 右眼が熱を持った。


 世界が静かになる。


 液体の構造が、視界の奥で分解されていく。


 薬草成分。


 魔力反応。


 循環作用。


 全てが“理解できてしまう”。


「……散魔剤?」


「正確には?」


「低純度型。即効性は高いけど持続が短い」


 母親が少しだけ目を細めた。


 その表情は、どこか満足そうで――そして少しだけ寂しそうだった。


「正解。……よくそこまで見抜けたわね」


 カナトは小瓶を見る。


 散魔剤。


 こんなもの、普通の平民が持っている薬ではない。


 そもそも。


 何故母親が、こんな軍用じみた薬品の知識を持っているのか。


 そんな疑問が、ふと頭をよぎる。


 その時だった。


 液体の“循環作用”を視た瞬間。


 脳裏に、また――この世界にはないはずの“奇妙な記憶”が弾けた。


 白い天井。


 逆さに吊るされた透明な袋。


 赤い液体。


 ピッ、ピッ、と一定間隔で鳴る、金属質の冷たい音。


 ――循環を止めるな。


 誰かの焦った声が響く。


 意味は分からない。


 けれど。


 “その順番じゃ間に合わない”


 そんな感覚だけが、生々しく残った。


「カナト」


 母親の声で意識が戻る。


「……なに」


「その目に頼りすぎないこと」


 真っ直ぐな視線だった。


「知識は、いつかあなたを助ける」


 母親は静かに薬草を並べ直す。


「見えるだけでは、人は救えないわ」



 季節は巡った。


 朝は父と剣を交え、昼は母から薬学を学ぶ。


 そんな日々を、一日も欠かすことなく繰り返した。


 最初は一撃も見切れなかった木剣も、今では数合なら渡り合える。


 薬草の名を覚えるだけで精一杯だった日々は過ぎ去り、今では母の出す問題にも迷わず答えられる。


 処方。


 禁忌。


 配合。


 命を救うための知識もまた、少しずつ身体へ刻まれていった。


 剣も。


 薬学も。


 確かに、自分の力になっていた。



 夜。


 カナトは一人、裏庭に座っていた。


 木剣を横に置き、夜空を見上げる。


 疲れていた。


 身体も。


 頭も。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


「……アルビオン、か」


 まだ実感はない。


 ただ。


 あの場所へ行けば、自分の右眼のことが分かる気がした。


 あの、奇妙な記憶の意味も。


 その時。


「隣、いいか」


 父親だった。


「珍しい」


「そうか?」


「父さん、自分から来ないし」


 父親は何も言わず、隣へ腰を下ろした。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて。


「お前の母さんはな」


 父親がぽつりと呟く。


「……昔、色々あった」


「それは分かる」


「だから、あまり無理はさせるな」


 その声音は、どこか優しかった。


 カナトは少しだけ考える。


 母親がアルビオンの名を聞いた時の表情。


 あの紋章を見た時の、怯えるような目。


 そして、父親の言葉。


「父さんは?」


「ん?」


「父さんもアルビオンのこと、知ってるんでしょ?」


 少しだけ沈黙。


 夜風が吹く。


「……まあな」


 短い返答。


 だが、それだけで十分だった。


 二人とも。


 何かを隠している。


 カナトはそう確信した。


「寝ろ」


 父親が立ち上がる。


「明日もやる」


「……本当に?」


「当たり前だ」


 父親はそれだけ言って家へ戻っていった。


 カナトは苦笑する。


 けれど。


 その胸には、確かな熱があった。


 積み重ねた一年は、決して無駄ではない。


 この剣も。


 この知識も。


 きっと誰かの命を救うためにある。


 その日を信じて、カナトは静かに木剣を握り締めた。


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