第26話 最終適性試験
アルビオンでの生活にも、少しずつ慣れ始めていた。
朝の走り込み。
部門ごとの講義。
実践訓練。
記録整理。
気付けば、そんな日々が当たり前になっている。
最初は広く感じた施設も、今では迷うことはほとんどない。
夕食時の食堂。
ガルドが机へ突っ伏しながら唸る。
「……もうダメだ」
「戦術部門、今日も地獄だった……」
「毎日同じこと言ってません?」
アイリスが呆れたように言う。
「だって地獄なんだよ!」
「午後ずっと模擬戦やったあとに走り込み追加とか意味分かんねぇ!」
「根性論みたいですね」
「実際、根性論だと思うぞ……」
ガルドが遠い目をした。
そんな様子を見ながら、カナトは小さく笑う。
「でも、もう研修期間も終わるんですね」
アイリスが端末を見ながら静かに呟いた。
「最終適性試験まで、あと一週間です」
その言葉に、テーブルの空気が少し変わる。
「……早いわね」
リゼアが静かに言う。
アルビオンへ来てからの日々は、あまりにも濃かった。
講義。
実践。
記録。
失敗。
気付けば毎日、目の前のことへ必死に食らいついていた気がする。
最初は様々な人が集まり、緊張しかなかった食堂も今では自然とこの四人で集まるようになっていた。
「最終適性試験かぁ……」
ガルドが嫌そうな顔をする。
「名前からして怖ぇ」
「でも、ここで今後の配属も大きく変わるんですよね」
アイリスが続けた。
「部隊編成にも関わるって聞きました」
「当然でしょうね」
リゼアは落ち着いた様子だった。
「アルビオンは実力主義だもの」
カナトは端末を取り出す。
既に試験概要は配信されていた。
【最終適性試験】
【第一試験】 総合筆記試験
【第二試験】 混成実技試験
「混成実技……」
ガルドが考え込むような顔をする。
「混成実技って何やるんだ?」
「過去には負傷者救出とか魔物討伐とかあったらしいわ」
ガルドの疑問にリゼアが答える。
「絶対ろくなことにならねぇ…」
「固定チームではないみたいですね」
アイリスが画面を覗き込みながら言った。
「即席編成って書いてあります」
「当たり前でしょう」
リゼアが即答する。
「現場で毎回都合良く知り合いと組めるわけじゃないもの」
「それはそうなんだけどよぉ……」
ガルドはため息を吐いた。
「そういえば、筆記って部門ごとに内容違うんだよな?」
ガルドが端末を見ながら言う。
「戦術部門は状況判断と戦術構築って書いてあったぞ」
「如何に効率よく敵を制圧するか、でしょうね」
リゼアが静かに言った。
「医療部門は?」
「優先順位と判断理由みたいです」
アイリスが答える。
「状況変化への対応も評価対象って書いてあります」
「うわ、絶対面倒なやつじゃん……」
ガルドが嫌そうな顔をした。
「ガルドさん、文字数制限で死にそうです」
「お前、最近俺への当たり強くね!?」
食堂のテーブルへ小さな笑いが広がる。
「研究部門はどんな内容なのかしら」
リゼアがふと呟いた。
「仮説構築と実験結果分析って噂聞いたことあります」
アイリスが答える。
「怖ぇな研究部門……」
「この前も廊下で爆発してたし」
「それはただの事故じゃない?」
カナトが苦笑する。
「研究部門ですもの」
リゼアは妙に納得したような顔をしていた。
「むしろ静かな日の方が珍しいんじゃないかしら」
「怖ぇよ……」
ガルドがげんなりした顔をする。
そんな他愛のないやり取りをしながら、カナトはふと周囲を見渡した。
賑やかな食堂。
端末を片手に試験対策をしている者。
疲れ切って机へ突っ伏している者。
既に教本を広げている真面目そうな新人達。
皆、それぞれ不安を抱えながらも前へ進もうとしている。
自分もその一人なのだろう。
その時。
アイリスが「そういえば」と端末を操作した。
「過去記録閲覧ってありますね」
「歴代上位成績、見られるみたいです」
「へぇ?」
ガルドが身を乗り出す。
カナトも何気なく画面を覗き込んだ。
【総合評価歴代最高】 レオン・クロード
「……ここ何年も更新されてないみたいだな」
ガルドが呆れたように言う。
「化け物かよ」
カナトは画面を見つめた。
レオン・クロード。
歴代最高。
総合評価ということは、理論も実技も優秀だったということだろう。
その時。
リゼアの視線が画面に留まり、指先に僅かに力が入っているように見えた。
ほんの一瞬。
だが、確かに空気が変わった。
「リゼア?」
「……何でもないわ」
彼女はすぐに視線を逸らした。
だが。
その横顔は、いつもより少しだけ鋭く見えた。
◇
数日後。
医療部門講義室。
クロエ主任は教壇へ立つと、静かに口を開いた。
「最終適性試験について補足するわ」
講義室が静まる。
「まず勘違いしないこと」
「この試験は、“誰が強いか”を見るためだけのものじゃない」
投影板へ文字が映し出される。
【適性】 【連携】 【判断】 【継続性】
「前も話したようにアルビオンは組織よ」
「突出した一人で成り立つほど、現場は甘くない」
クロエ主任は講義室を見渡した。
「筆記では、正解だけを見るわけじゃないから注意しなさい」
「同じ結論でも、そこへ至る思考過程は人によって違う」
「私達が見るのはそこよ」
クロエ主任の声が続く。
「そして混成実技試験」
「当然、相性の良い相手と組める保証はない」
ざわり、と講義室が揺れた。
「むしろ最悪の組み合わせになる可能性の方が高いと思いなさい」
何人かが顔を引き攣らせる。
クロエ主任は淡々と続けた。
「混成実技も正解は一つじゃない」
「患者を優先する者」
「敵の排除を優先する者」
「撤退を選ぶ者」
「その判断を見る」
カナトは静かに端末へ視線を落とした。
ガルドのように前へ立てるわけじゃない。
リゼアのような圧倒的な火力もない。
だけど。
傷付いた誰かを見捨てたくないという気持ちだけは、ずっと胸の奥にあった。
自分に求められる役割とは何なのか。
その答えを見つけるための試験なのかもしれない。
最終適性試験まで、あとわずか。
アルビオンの新人達は、それぞれの思惑を抱えながら、試験の日へ向かっていくのだった。




