第24話 役割
張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいく。
新人達はそれぞれ端末を確認したり、近くの者同士で感想を話しながら席を立ち始めていた。
その中で。
「……結局、治癒師なんて後ろで支援してるだけだろ?」
妙に響く声が講義室へ落ちた。
空気が僅かに止まる。
声の主は、金髪を後ろへ流した青年だった。
制服の色や装飾からして戦術部門。
周囲には取り巻きらしき生徒も数人いる。
「初代王がどうとか言ってたけどさ」
「実際、前線を支えてるのは戦士だろ?」
「治癒師なんて戦えないんだから」
何人かが苦笑する。
露骨ではない。
だが、どこか見下した響きだった。
「お前、それ医療部門の前で言うか?」
ガルドが呆れたように言う。
「別に馬鹿にしてるわけじゃないさ」
青年は肩を竦めた。
「ただ事実だろ?」
「結局、一番必要なのは力だ」
「前に立てない奴は守られる側じゃないか」
「治癒師を軽視する戦術家ほど早死にするわ」
リゼアが冷たく言い放つ。
青年の眉がぴくりと動いた。
「……何?」
「自分だけで戦えていると思っている時点で三流と言っているの」
講義室が少し静まり返る。
だが青年も引かなかった。
「軽症なら回復薬で充分だし、そもそも戦士が強ければ被弾しない」
「結局弱いから治癒師が必要になるんじゃないか?」
今度はカナトが口を開いた。
「治癒師だけじゃ何も解決しない」
「それはそうだと思う」
「でも、前衛だけでも多分崩れるよ」
青年が視線を向ける。
「……は?」
「怪我を治せなきゃ戦えなくなるし」
「魔力管理が出来なきゃ術師は倒れる」
「補給が止まれば前線は維持できない」
「情報共有が遅れれば連携も崩れる」
カナトは静かに続けた。
「だから、“どれが上か”じゃないと思う」
「役割が違うだけで」
「互いに補わないと、多分全部崩れる」
青年は一瞬言葉を失ったようだった。
「……綺麗事だな」
「かもしれない」
カナトは否定しなかった。
「でも、さっきの講義もそういう話だったんじゃないかな」
青年は露骨につまらなそうに舌打ちをすると、そのまま席を立った。
「行くぞ」
取り巻き達も後を追う。
その背中を見送りながら、ガルドが息を吐いた。
「お前、結構ズバズバ言うよな」
「そう?」
「自覚ないのね……」
アイリスが小さく呟く。
「案外向いてるのかもしれないわね」
不意に声が落ちた。
研究部門の女性教官だった。
いつの間にか近くまで来ていたらしい。
「何に、ですか?」
アイリスが尋ねる。
「戦術部門は自分達だけで戦っていると思いがちなの」
「でも研究部門も医療部門も同じよ」
「私達も誰かに支えられている」
女性教官はカナトを見る。
「あなたは強い個人ではなく、“組織”として物事を見ている」
「新人でそこまで理解している人間はここに向いてると思ったの」
「いや、そんな大したことじゃ……」
「謙遜しなくていい」
女性教官は薄く笑った。
「役割分担を理解している人間は貴重よ」
そう言い残し、女性教官は去っていく。
その背を見送りながら、ガルドがぼそりと呟いた。
「……また目立ってね?」
「そんなつもりなかったんだけど」
「カナトさん、結構そういうところあります」
アイリスが真顔で頷く。
「否定できないわね」
リゼアまで同意していた。
何故だろう。
少しだけ納得いかない。
◇
四人は端末で次の教室を確認しながら廊下を歩いていた。
「今日も厳しいのかな……」
ガルドが露骨にげんなりした顔をする。
「昨日ので分かったでしょう」
リゼアは平然としていた。
「ここは“新人だから優しくする”なんて場所じゃないの」
「実戦で新人かどうかなんて関係ないもの」
「それはそうなんだけどよぉ……」
そんなやり取りを聞きながら歩いていた時だった。
ふと。
カナトの足が止まる。
「……?」
廊下の奥。
立入禁止と書かれた重厚な扉。
その隙間から、妙な魔力の気配が漏れていた。
冷たい。
だが熱を孕んだような、不快な感覚。
僅かに鉄臭い匂いまで混じっている気がした。
「カナト?」
ガルドが不思議そうに振り返る。
「あ、ううん」
気のせいだろうか。
その時。
ガシャン、と。
扉の向こう側から金属が落ちるような音が響いた。
続いて、誰かの慌てた声。
白衣姿の研究員らしき人物が足早に廊下を横切っていく。
胸元には研究部門の紋章。
カナトは無意識にその背中を目で追っていた。
「研究棟では珍しくないみたいですよ」
アイリスが静かに言った。
「危険な魔導具や魔物素材も扱いますから」
「……そうなんだ」
カナトは小さく頷く。
だが。
胸の奥に残った違和感だけは、なかなか消えなかった。




