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第23話 合同教養

 朝日が差し込み始めたアリーナを後にし、カナトとリゼアは並んで歩いていた。


 訓練直後だからか、空気はまだ少し熱を帯びている。


 リゼアは額の汗を軽く拭いながら歩いていた。


「さすがに疲れた?」


「……少しだけよ」


 そう言いながらも、呼吸は若干乱れている。


 あれだけ高密度の炎を制御していたのだ。


 当然と言えば当然だった。


「でも、蒼い炎って発想は悪くなかったわ」


「本当に偶然なんだけどね」


「偶然でそんな発想出るわけないでしょ」


 呆れたような視線。


 その時だった。


 ひらり、と風に乗って葉が落ちてくる。


 それがリゼアの髪へ引っかかった。


「あ、リゼア。葉っぱついてる」


「え?」


 カナトは自然に手を伸ばす。


 だが。


 リゼアはびくりと肩を揺らし、半歩下がった。


「……近寄らないで」


「えっ!?」


 カナトが固まる。


 リゼアは少し視線を逸らした。


「汗、かいてるのよ」


「……あ」


 確かに。


 かなり集中していた。


 額だけでなく首元にも汗が滲んでいる。


「別に気にしないけど」


「私は気にするの」


 即答だった。


 しかも耳がほんの少し赤い。


 カナトは思わず口元を押さえた。


「……何よ」


「いや、なんか安心したというか」


「意味が分からないわ」


「リゼアってもっとこう……隙のない感じだと思ってたから」


「今ここで燃やされたい?」


「ごめんなさい」


 即謝罪。


 だがリゼアは小さく鼻を鳴らしただけだった。



 アルビオン中央食堂。


「今日の合同講義、何やるんだろうね」


 カナトがスープを飲みながら呟く。


「戦術理論とかじゃないか?」


 ガルドがパンを齧りながら答える。


「私は王国史だと思うわ」


 リゼアが当然のように言った。


「新人には毎年最初にやるらしいし」


「リゼア、詳しいね」


「貴族なら普通よ」


 さらりと言う。


「眠くならない内容だといいけどなー」


「あなたの場合、実技でも寝そうだけど」


「リゼアひどくね!?」


 騒ぐガルド。


 そのやり取りに、アイリスがまた少し笑った。


 こうして見ると、随分賑やかになった気がする。



 講義室はかなり広かった。


 段状になった座席。


 中央には巨大な魔導投影板。


 既に多くの新人が集まっている。


 やがて。


 教壇へ二人の教官が立った。


 一人は灰色の短髪をした男性。


 軍人のように背筋が伸びている。


 もう一人は研究部門所属らしい女性だった。


「合同教養第一講義を開始する」


 男性教官の低い声が講義室へ響く。


「本日の内容は、リーデル王国史」


 投影板へ巨大な地図が映し出される。


 リーデル王国。


 南側には巨大港湾都市。


 東側には広大な山脈地帯。


「リーデル王国は大国だ」


「南は交易によって栄え、多くの技術と物資が集まる」


「だが」


 教官の指が東側を示した。


「東側は未開拓地だ」


 山脈部分が赤く光る。


「この山脈を越えた者はいない」


「理由は単純。死ぬからだ」


 講義室が静まり返る。


「山脈地帯にはAランクオーバーの魔物が大量生息している」


 ざわり、と空気が揺れた。


 Aランク。


 普通の冒険者なら、一生に一度遭遇するかどうかの怪物。


 それが大量。


「ですが、大規模侵攻は起きていません」


 研究部門の女性教官が説明を引き継ぐ。


「山脈地帯は極めて高濃度の魔力環境となっています」


「魔物はその環境を好む」


「更に魔物同士が互いを捕食・淘汰することで、生態系が成立しているのです」


 生態系。


 そんな話をどこかで聞いたことがある気がした。


「つまり、こちら側へ出てくるメリットが少ないというわけだ」


 男性教官が続ける。


「ただし、はぐれは出る」


「故に東側を治める貴族は、武術や魔法に優れた家系が多い」


 ガルドが小さく腕を組んでいた。


 辺境男爵。


 なるほど、道理であんなに動けるわけだ。


「リーデル王国の領地は四十七に分けられている」


「その広さ、税収、発言力は、国への貢献によって変動する」


 投影板に複数の家紋が映る。


「魔物討伐」


「交易成果」


「研究実績」


「全てが評価対象だ」


 研究実績。


 その単語に、カナトはアルベリウスを思い出した。


 あの男、絶対に政治にも食い込んでいる。


「そして」


 男性教官の声が少し変わる。


「この国を建国した初代リーデル国王は、始まりの治癒師として歴史に名を残した人物である」


 その瞬間。


 カナトは思わず目を見開いた。


 治癒師。


「当時、治癒師は後衛職だった」


「守られる側だった」


「だが初代王は違った」


 教官の視線が鋭くなる。


「誰より前線へ立ち」


「誰より多くを救い」


「そして、誰より多くを討った」


 講義室の空気が張り詰める。


 その言葉は、カナトの胸にも重く沈んだ。


 多くを救うために前線へ立つ。


 その覚悟は理解できる。


 けれど。


 自分は。


 誰かを倒すために剣を振るいたいわけじゃない。


 ただ、救いたいだけだ。


 助けるためには、間に合わなければいけない。


 だから前へ出る。


 それだけだ。


「当時、人類は魔族との長き戦争の最中にあった」


 投影板の映像が切り替わる。


 黒煙を上げる街。


 押し寄せる魔族の軍勢。


 炎に包まれる大地。


「人類は滅亡の危機に瀕していた」


「そんな中、とある古代遺跡が発見される」


 映像が再び切り替わる。


 薄暗い神殿。


 その最奥には巨大な祭壇が築かれ、中央には一振りの白銀の剣が静かに安置されていた。


「祭壇に奉られていたその剣が、後に『聖剣アルテミシア』と呼ばれる」


 講義室は静まり返る。


「何のために造られた祭壇なのか。」


「誰が剣を遺したのか。」


「その全ては、現在も解明されていない」


 新人達は食い入るように投影板を見つめる。


「ただ一つだけ、確かなことがあった」


 男性教官はゆっくりと言葉を続けた。


「聖剣は、誰一人として扱うことができなかった」


 歴戦の剣士も。


 高名な魔導師も。


 誰一人、その剣を振るうことは叶わなかった。


「だが」


 教官は静かに白銀の剣を見上げる。


「初代王だけは違った」


「彼だけが聖剣アルテミシアを手にし、魔族との決戦へ赴いた」


 映像には、白銀の剣を掲げる一人の英雄が映し出される。


「激戦の末、魔族の軍勢は壊滅」


「その戦いを最後に、魔族は歴史の表舞台から姿を消した」


 誰も言葉を発しない。


「この勝利を礎として、現在のリーデル王国は建国された」


 投影板には建国を祝う壮大な絵画が映し出される。


「初代王を支えた仲間達が、そのまま王の家臣となった」


「それが今の貴族社会の原型だ」


 戦士。


 魔導師。


 研究者。


 治癒師。


 父の言葉が脳裏を過ぎる。


『一人で全部やろうとするな』


『役割を分けろ』


『その代わり、互いに補え』


「現在の名門貴族の多くも、その系譜に連なっており」


 カナトはチラッと前を向くリゼアを見た。


「そして、その思想を軍事組織として発展させたもの」


 男性教官が教壇を叩く。


「それがアルビオンだ」


 投影板にアルビオンの紋章が映る。


「戦士だけでは勝てん」


「魔導師だけでは前線は維持できん」


「治癒師だけでは誰も守れん」


「故に役割を分け、補い合う」


「それがアルビオンの原則だ」


 講義室が静まり返る。


「現在、戦争は少ない」


「だがアルビオンの役目は消えない」


「有事には国防」


「災害時には救助」


「魔物、魔人種への対処」


「研究による国力向上」


 男性教官の視線が新人達を見渡す。


「貴様らは、その最前線へ立つ」



 講義終了の鐘が鳴る。


 張り詰めていた空気が少し緩んだ。


「思ったより重い話だったな……」


 ガルドが息を吐く。


「もっと実戦についての話とかだと思ってた」


「歴史は大事よ」


 リゼアが当然のように言う。


「王国がどう成り立ったかを知らずに守れるわけないでしょう」


「……確かに」


 アイリスも静かに頷く。


 カナトは静かに前を見つめていた。


 始まりの治癒師。


 聖剣アルテミシア。


 そして魔族。


 建国神話として語られたその物語だけが、不思議と胸の奥へ深く残っていた。


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