表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/60

第20話 未知

 実技室に重い空気が流れていた。


 停止した患者人形。


 床へ散らばる破片。


 焼け焦げた術式盤。


 そして。


 その中心に立つカナトへ、全員の視線が集まっていた。


 ざわめき。


 困惑。


 畏怖。


 刺さるような好奇の視線が、カナトの全身を焼くように這い回る。


「……本当に新人か、あいつ」


 誰かのそんな呟きが、静まり返った実技室でやけに大きく響いた。


 カナトは居心地悪そうに眉を寄せ、視線を地面へ落とす。


 そんな中。


 クロエが静かに歩み寄ってくる。


 表情はいつも通り無機質。


 だが、その目だけが鋭かった。


「カナトさん」


「……はい」


「今、何を視たの?」


 低い声。


 試すような問い。


 カナトは少しだけ迷った。


 正直に話していいのか分からない。


 けれど。


 誤魔化せる気もしなかった。


「……構造です」


「構造?」


「はい。魔力循環の流れと、制御部分の繋がりが視えました」


 クロエが黙って聞いている。


「あと……」


 カナトは右眼を押さえる。


 まだ熱い。


 頭の奥で、知らない音が反響していた。


 ピッ、ピッ、と。


 規則的な電子音。


「僕の知らない知識が流れ込んできました」


 室内が静まる。


「知らない知識?」


「はい。魔法というより……もっと機械的な」


 上手く説明できない。


 だが。


「この世界の術式とは、少し違う気がします」


 クロエ主任の視線が細くなる。


 「……なるほど」


 クロエの瞳が僅かに細まる。


 何かに思い当たったような表情。


 だが、それを口にはしなかった。


「道理で。……原因だけを狙ったのね。あの状況では普通は思い付かない発想です。」


 彼女はカナトを見つめるというより、彼の中に潜む“何か”を査定するように細めた視線を向けていた。


 その瞬間。


 周囲がざわついた。


「おい、そんなこと出来るのかよ……」  「あいつ、魔法使ってなかったよな…?それとも新しい術式か?」  


 カナトは思わず顔をしかめた。


 しまった。


 言い過ぎたかもしれない。


 だがクロエは静かだった。


「なるほど」


 それだけ。


 まるで、何か納得したみたいに。



「本日の訓練はここまでです」


 クロエが全体へ告げる。


 新人達から安堵の空気が漏れた。


「なお」


 その一言で全員が固まる。


「本件について口外は禁止します」


 ぴり、と空気が張った。


「アルビオン内で発生した設備異常は機密事項です。違反者には処分が下ります」


 誰も反論しない。


 いや、できない。


 ここは軍事組織だ。


 改めて理解させられる。


「解散」


 ようやく終わった。


 そう思った瞬間。


「カナト」


 呼ばれる。


 振り返る。


 アイリスだった。


「……少し話せる?」



 医療棟外周通路。


 夜風が吹いていた。


 アルビオンの夜は静かだった。


 遠くには警備術式の淡い光。


 巡回隊員。


 巨大な外壁。


 ここが国家直属組織なのだと実感する。


「…………」


 アイリスが隣を歩く。


 無言。


 でも気まずくはなかった。


 しばらくして。


「やっぱりカナトは何か特殊な力があったんだね」


 アイリスが呟く。


「……僕もよく分かってない」


「でも、あの時何かが視えてた」


「うん」


 否定はできなかった。


「怖くない?」


 不意の問い。


 カナトは少しだけ考える。


「……怖いよ」


 素直に答えた。


「自分でも知らない知識が急に出てくるし。身体も熱くなるし。たまに、自分じゃない感覚になる」


 脳裏に浮かぶ。


 白い部屋。


 機械音。


 知らない知識。


 知らない文字


 でも。


 何故か懐かしい。


「でも」


 カナトは空を見上げた。


「助けられるなら、使いたい」


 アイリスが静かにこちらを見る。


「今日も、あれがなかったら多分止められなかった」


「……うん」


「だから、怖くても、逃げたくない」


 しばらく沈黙。


 そして。


「やっぱり変」


「ひどくない?」


「でも嫌いじゃない」


「え?」


 アイリスは真顔だった。


「助けること優先するところ」


「…………」


 なんか急に真正面から言われると困る。


 カナトが言葉に詰まっていると。


「あと」


「うん?」


「多分、ノクス統括に気に入られてる」


「それは嬉しくない……」


 即答だった。


 アイリスが僅かに笑う。


 本当に少しだけ。



 その頃。


 研究棟上層。


 薄暗い部屋。


 大量の資料。


 魔導式モニター。


 無数の研究記録。


 その中央で。


 アルベリウス・ノクスは静かに微笑んでいた。


 机上にはカナトの資料。


 試験記録。


 症例分析。


 面接結果。


 全て並んでいる。


「魔眼、ですか」


 ノクスの瞳が細まる。


 脳裏にフラッシュバックする、過去の光景。


 崩壊した研究区画。


 壁一面へ塗りたくられた赤黒い汚れ。


 砕け散った術式盤。


 そして。


 常識では観測できない領域を見通す“眼”


『見るな』


『それは人が扱っていい力じゃない』


 誰かの叫び。


 暴走する魔力。


 崩れていく研究棟。


 封印されたはずの記録。


 歴史から抹消された事件。


「……あれと、同質か」


 ノクスは静かに呟く。


 その指先が、カナトの顔写真をゆっくりとなぞった。


 普通なら恐れる。


 警戒する。


 だが。


 ノクスの口元は、むしろ楽しげに緩んでいた。


「実に興味深いですね、カナト」


 その瞳は、探究心と狂気の境界で静かに揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ