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第17話 医療部門

「改めまして。私はアイリス・フィール」


 灰青色の髪。


 感情を表に出さない瞳。


 無表情に近い少女。


 第三試験以来となるアイリスだった。


「久しぶり、アイリス。元気だった?」


 アイリスは小さく頷いた。


「私は元気、でも……」


「カナトは試験の後、倒れてたけど」


「うっ……」


 いきなり痛いところを突かれる。


「もう平気?」


「大丈夫……多分」


「多分なんだ」


 淡々と返される。


 けれど、その言葉には僅かな安堵が混じっているようにも感じた。


「講義室、この辺?」


「隣」


「近いね」


 本当に隣の講義室だった。


 二人は自然と並んで歩き始める。



 指定された講義室へ入る。


 既に十数人ほどの新人が集まっていた。


 誰も大声では話さない。


 静かな空間。


 その代わり、互いを観察するような視線だけが飛び交っている。


「……あ」


 誰かが小さく声を漏らした。


「第三試験の奴だ」


「魔法じゃない治療してたよな」


「何だったんだ、あれ……」


 小さな囁きが広がる。


 カナトは少しだけ居心地悪そうに視線を逸らした。


 その時だった。


「静粛に」


 凛とした声が講義室へ響く。


 一人の女性が入室してきた。


 白衣。


 眼鏡。


 隙のない立ち姿。


 三十代前半ほどの女性は教壇へ立つと、講義室全体を見渡した。


「私は医療部門教育班主任、クロエ・ラングレーです」


 静かだが、よく通る声。


「まず最初に、一つ訂正しておきます」


 講義室の空気が張り詰める。


「ここは、治癒魔法を学ぶ学校ではありません」


 その一言だけで、全員の意識が引き寄せられた。


「アルビオン医療部門は、生き残らせるための部隊です」


 クロエは続ける。


「君達が立つのは戦場。魔人種災害。大規模崩落現場。時には、味方同士が殺し合った後の現場です」


 誰も口を開かない。


「患者は待ってくれません」


 一拍置く。


「泣いても、喚いても、死ぬ時は死にます」


 重い現実。


 だが、その場にいる誰もが目を逸らせなかった。


「それでもなお、助ける方法を探し続ける者だけが、この部門へ残れます」


 鋭い視線が、一人ひとりを射抜く。


「才能だけでは足りません。覚悟だけでも足りません。知識、技術、判断力、その全てを磨き続けてください」


 クロエは机へ厚い紙束を置いた。


「では、最初の課題です」


 資料が配られていく。


 受け取った瞬間、思わず重さに目を見開く。


「患者五十名分の症例分析。提出期限は本日中です」


 一瞬、講義室が静まり返る。


「…………え?」


 誰かが間の抜けた声を漏らした。


「なお、本日夕方には実技訓練があります」


 講義室中が凍り付く。


「座学と実技は並行して進みます。時間が足りない、眠い、疲れた。その程度の理由で現場は止まりません」


 淡々と告げる。


「以上です。始めてください」


 その言葉と同時に、講義室中で一斉に資料をめくる音が響いた。



 開始から三十分。


 講義室の空気は一変していた。


 紙をめくる音。


 ペンを走らせる音。


 時折聞こえる、小さなため息。


「まだ十件も終わらない……」


「これ今日中って、本気か……」


「症例が多すぎる……」


 焦りの声があちこちから漏れる。


 だが、その中で。


「……面白い」


 カナトは自然と呟いていた。


 症例。


 検査結果。


 魔力循環。


 使用薬剤。


 単なる暗記ではない。


 どうしてその治療を選んだのか。


 その理由を考えさせる問題ばかりだった。


「面白い?」


 隣から声が掛かる。


 アイリスだった。


 既に資料へ細かな書き込みを続けている。


「うん。この問題、答えを覚えるんじゃない」


 カナトは資料を指差す。


「治療の考え方を学ばせようとしてる」


 アイリスは資料を見つめたまま頷いた。


「……確かに」


 二人は自然と資料へ目を落とす。


 一枚目。


 二枚目。


 三枚目。


 読み進めるうちに、ある症例で二人の手が止まった。


「この患者」


 カナトが小さく呟く。


「高出力治癒を最初に使ってる」


 アイリスも頷く。


「魔力循環が乱れてる」


「だから効率が悪い」


 カナトは資料へ指を置いた。


「先に循環を安定させてから低出力治癒を重ねれば、患者への負担は減ると思う」


 アイリスは数秒考え込む。


「……うん」


 静かに頷いた。


「その方が治癒効率も上がる」


 二人の意見は自然と一致していた。


 どちらも、治すことより先に患者への負担を考えていた。


 アイリスが小さく息を吐く。


「……やっぱり変」


「え?」


「普通、そこまで考えない」


 カナトは苦笑する。


「そうなのかな」


「そう」


 短い返事。


 だが、その表情はほんの少しだけ柔らかかった。


 その時だった。


「面白い視点ですね」


 穏やかな声が講義室へ響く。


 ぴたり、と音が止まる。


 紙をめくる音も。


 ペンを走らせる音も。


 全てが消えた。


 二人が同時に振り返る。


 講義室の後方。


 柔らかな笑みを浮かべたアルベリウス・ノクスが、静かに立っていた。


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