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第16話 選ばれた者たち

 講堂には、新人隊員達のざわめきが満ちていた。


「戦術部門って実際どれくらい危険なんだ?」


「研究部門の設備、王立研究院より上らしいぞ」


「医療部門は倍率が――」


 期待。


 緊張。


 そして、不安。


 誰もが新しい一歩を前に落ち着かない様子だった。


 その時だった。


 ――ふっ。


 講堂の照明が、一斉に落ちる。


「っ……!」


 ざわめきが消えた。


 静寂。


 次の瞬間、最前方の演台だけが白く照らし出される。


 そこに、一人の男が立っていた。


 紫がかった髪。


 知的な眼鏡。


 柔和な微笑み。


 まるで穏やかな学者を、そのまま形にしたような男。


 アルベリウス・ノクス。


 静かな声が講堂全体へ響く。


「新人諸君。国家直属統合医療戦術機関アルビオンへの入隊、おめでとうございます」


 穏やかな声だった。


 それなのに、不思議と誰一人として耳を逸らせない。


「ここは、この国でも選りすぐりだけが集まる場所です」


 アルベリウスはゆっくりと会場を見渡す。


「戦術、医療、研究。その全てが互いを支え合い、人々を守るために存在しています」


 言葉は決して多くない。


 だが、その一つ一つに揺るぎない自信が感じられた。


「皆さんには、それぞれの可能性があります」


 柔らかな笑みを浮かべる。


「どうか、その可能性を存分に育ててください」


 一瞬だけ。


 アルベリウスの視線がカナトを掠めた。


「……?」


 気のせいだったのかもしれない。


 だが、試験の面接で向けられた視線を思い出し、胸の奥が僅かにざわついた。


 拍手が響く。


 アルベリウスは静かに一礼すると、壇上を後にした。



 入れ替わるように、一人の男が姿を現す。


 銀と黒を基調とした軍服。


 鋭い眼光。


 無駄のない立ち姿。


 ただ歩くだけで、講堂の空気が変わった。


「……っ」


 思わず息を呑む。


 強い。


 理由など説明できない。


 それでも本能が理解していた。


 この人は、この場の誰よりも強い。


「グランツ総司令……」


 誰かが小さく呟く。


 グランツ・アークライト。


 アルビオン総司令。


 男は新人達を一瞥した。


 それだけで、背筋が自然と伸びる。


「諸君らには期待している」


 低く、よく通る声。


「以上だ」


 その一言だけ残し、踵を返す。


 数秒の沈黙。


「……短っ」


 ガルドが思わず漏らした。


 周囲から小さな笑いが起きる。


 カナトも苦笑した。


 だが、不思議と物足りなさはない。


 あの人は長く語る必要がないのだ。


 存在そのものが、言葉以上に多くを物語っていた。



 三人目に壇上へ現れたのは、セリナ・アークライトだった。


 艶のある茶髪。


 琥珀色の瞳。


 整いすぎた立ち姿。


 感情を感じさせない静かな声が講堂へ響く。


「これより、今後のスケジュールについて説明します」


 空気が一気に実務へ切り替わる。


「各員は、この後寮へ移動してください。指定制服へ着替えた後、各部門ごとに指定された講義室へ集合となります」


 淡々と説明が続く。


 誰も私語を挟まない。


「なお」


 セリナが手元の書類を閉じた。


「皆さんが現在座っている座席により、生体情報および魔力情報の収集は既に完了しています」


 一瞬、会場が静まり返る。


「そのため身体検査は実施しません。制服も各員の体格に合わせたものを準備済みです」


 次の瞬間。


 講堂がどよめいた。


「座っただけで測定されたのか?」


「どういう技術なんだ……!」


「本当に全部終わったのか?」


 驚きの声が次々と上がる。


 カナトは静かに講堂全体を見回した。


 やはり。


 あの巨大な術式には意味があった。


 何を測定していたのかまでは分からなかったが、少なくとも新人全員から情報を取得する仕組みだったらしい。


「怖ぇよ、この機関……」


 ガルドが苦笑する。


 少し離れた場所にいたリゼアは、周囲の騒ぎとは対照的に平然としていた。


「効率的ではあるわね」


 それだけ言って腕を組む。


 セリナは周囲の反応を意に介さず続けた。


「説明は以上です。各自、速やかに移動してください」


 一礼すると、そのまま壇上を後にする。



 講堂を出ると、人の流れは三方向へ分かれていった。


「じゃあな」


 ガルドが荷物を担ぐ。


「戦術部門は向こうらしい」


「みたいね」


 リゼアも歩き出そうとして足を止めた。


 カナトを見る。


「……期待しているわ」


 短く、それだけ言う。


 試験の時とは違う。


 ライバルというより、同じアルビオンの仲間として向けられた言葉だった。


「そっちも」


 カナトは笑う。


「無茶はしないで」


「試験中に倒れた人に言われたくないわ」


「うっ……」


 ガルドが吹き出した。


「それじゃ、また後でな!」


 三人はそれぞれの部門へ向かって歩き出す。



 医療部門棟。


 白を基調とした静かな建物だった。


 割り当てられた部屋へ入り、荷物を置く。


 部屋は質素だが、必要な設備は全て揃っていた。


 照明。


 給湯。


 空調。


 そのほとんどが魔道具によって制御されている。


「さすがアルビオンだ……」


 感心しながら制服へ目を向ける。


 白を基調とした清潔感のあるデザイン。


 袖を通そうとした、その時。


 右眼が微かに熱を帯びた。


 制服の裏地に、細かな術式が織り込まれている。


 見覚えのない構造。


 複雑ではない。


 だが、実用性を突き詰めた無駄のない術式だった。


「……面白い」


 魔道具一つ取っても、自分の知らない技術がある。


 アルビオンへ来た実感が、少しずつ湧いてくる。


 制服へ袖を通す。


 鏡の中には、白い制服を纏った自分が映っていた。


 腰には父から託された剣。


 胸元には母から贈られたペンダント。


 静かに息を吐く。


 ここから始まる。


 新しい毎日が。



 指定された教室は、医療部門棟三階。


 廊下を歩くだけで空気が違うことが分かった。


 静かだ。


 だが、どこか張り詰めている。


 すれ違う隊員達の腰には武器が提げられ、その視線は鋭い。


「……医療部門って、もっと穏やかな場所かと思ってた」


 思わず呟く。


「実戦医療だから」


 後ろから返ってきた声に、カナトは振り返った。


 灰青色の髪。


 感情の薄い瞳。


 無表情に近い少女。


 アイリス・フィールだった。


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