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第15話 旅立ちの日

 アルビオン入隊の日。


 まだ朝早いというのに、店の前には多くの人が集まっていた。


「カナトくーん! 元気でねぇ!」


「アルビオンへ行っても偉くなりすぎんなよ!」


「出世したらサイン頼むぞ!」


 料理屋の常連達だった。


 幼い頃から顔を合わせてきた人達。


 毎日のように店へ通い、家族のように成長を見守ってくれた人達。


「みんな……見送りに来てくれたんだ」


 思わず言葉を失う。


「当たり前だろ、坊主」


「小さい頃から見てきたんだからねぇ」


 あちこちから笑い声が上がる。


 その温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 足元には旅支度を詰めた荷物。


 腰には父から託された剣。


 胸元では母から贈られたペンダントが、小さく朝日を反射している。


『俺が冒険者時代に使っていた剣だ。古いが手入れだけは欠かしてない。必ずお前を助けてくれる』


『これは魔力循環を助けてくれる魔道具よ。どんな時も、無理だけはしないで』


 二人の言葉を思い返す。


 父の強さ。


 母の優しさ。


 それらを胸に抱くたび、自分には帰る場所があるのだと実感できた。


「それじゃ、行ってきます」


 深く頭を下げる。


「おう! 胸張って行ってこい!」


「困ったらいつでも帰ってきな!」


「アルビオンでも、お前らしく頑張れ!」


 次々と飛んでくる声援。


 父レグルスと母エリシアも、寄り添いながらカナトへ微笑んでいた。


 カナトは思わず笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 短くそう返し、最後に店を見上げる。


 木造の小さな料理屋。


 毎日漂っていたスープの香り。


 朝日に照らされた看板。


 幼い頃から見続けてきた景色。


 守りたいと思えた場所。


 その景色を胸へ刻み込み、カナトはゆっくりと歩き出した。



 乗り合い馬車は王都へ向けて街道を進んでいた。


 草原を渡る風。


 森を抜ける木漏れ日。


 小さな村々を横目に、長い旅が続く。


 揺れる車内で、カナトは静かに窓の外を眺めていた。


 試験で出会った仲間達の姿が自然と思い浮かぶ。


 豪快な笑みを浮かべるガルド。


 炎を自在に操るリゼア。


 優しく手を差し伸べてくれたミズキ。


『次の試験、期待してるわね』


 その言葉を思い返した瞬間。


「っ……」


 右眼に鈍い痛みが走る。


 視界の奥へ、一瞬だけ知らない景色が映り込んだ。


 銀色の器械。


 透明な管。


 白く無機質な空間。


 この世界には存在しないはずの医療。


 ノイズのように流れ込む映像は、すぐに消えた。


 カナトはそっと右眼へ触れる。


「……アルビオンなら、何か分かるのかな」


 小さく呟く。


 答えはまだない。


 それでも、あの場所なら。


 自分の知らない何かに近づける気がしていた。



 数日後。


 カナトは再び、その巨大な門の前へ立っていた。


 国家直属統合医療戦術機関アルビオン。


 黒鉄の巨大な門。


 白亜の建築群。


 初めて訪れた時は、ただ遠い世界にしか思えなかった場所。


 だが今日は違う。


 ここが、自分の新しい居場所になる。


「……やっぱり大きいな」


 思わず見上げた、その時だった。


「よう」


 聞き覚えのある声が背後から飛ぶ。


 振り返ると、大きな荷物を担いだガルドが立っていた。


「ガルド!」


「無事入隊できたな!」


「そっちこそ」


 二人は自然と笑い合う。


 試験以来だというのに、不思議と昨日まで一緒にいたような感覚だった。


「リゼアも当然通ってるぞ」


「あれで落ちたら逆に驚くよ」


「だよな」


 ガルドが豪快に笑う。


「そういや、戦術部門の適性試験でまた派手にやらかしてたぞ」


「……何したの?」


「試験用障壁ごと吹き飛ばした」


「想像できてしまう……」


 思わず額へ手を当てる。


「試験官の顔、引き攣ってたぜ」


「絶対そうなると思った」


 二人で苦笑した。


 そんな話をしながら、アルビオンの敷地を歩いていく。


 整然と敷かれた石畳。


 巨大な施設。


 忙しそうに行き交う隊員達。


 どこを見ても、ここが国の中枢機関なのだと実感させられる。



 やがて二人は、大きな講堂へと案内された。


「……広いな」


 ガルドが素直に呟く。


 中へ足を踏み入れた瞬間。


 カナトの右眼が僅かに熱を帯びた。


 床。


 壁。


 天井。


 講堂全体に、巨大な魔術式が幾重にも張り巡らされている。


「……何だ、この術式」


 思わず立ち止まる。


 今まで見たどの魔術式とも違う。


 無数の情報が複雑に重なり合い、一つの巨大な機構を形作っていた。


 何を目的とした術式なのかまでは分からない。


 だが一つだけ確かなことがある。


 この講堂そのものが、一つの巨大な魔道具だった。


「どうした?」


 ガルドが不思議そうに振り返る。


「……いや、何でもない」


 カナトは小さく首を振った。


 まだ答えは見えない。


 それでも、ここには自分の知らない技術がある。


 そんな確信だけが胸に残った。


 二人は空いている席へ腰を下ろす。


 講堂には次々と新人隊員達が集まり始めていた。


 ざわめき。


 期待。


 緊張。


 様々な空気が入り混じる中――


「あなたも合格していたのね」


 聞き慣れた声が響いた。


 振り返ると、長い赤髪を揺らした少女が立っていた。


 リゼア・ヴォルト。


「リゼア」


「戦術部門の試験、随分派手だったらしいね」


 カナトが笑いながら言う。


 リゼアはじっとガルドを見る。


「……余計なことを」


「俺かよ」


 ガルドが肩を竦める。


 その様子を見て、リゼアはほんの少しだけ口元を緩めた。


「冗談よ」


 試験の時よりも、どこか柔らかな笑顔だった。


 そのまま当然のようにカナトの隣へ腰掛ける。


 すると周囲の新人隊員達が、どこか遠慮するように別の席へ流れていった。


「……何か、この辺だけ空いてない?」


「気のせいじゃねぇな」


 ガルドが苦笑する。


 結局、その周囲の席が埋まることは最後までなかった。


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