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第12話 適性

 第三試験会場。


 アルビオン中央棟、大講堂。


 第二試験を突破した受験者達が集められていた。


 人数は大きく減っている。


 第一試験開始時の半分以下。


 空席の多さが、生き残りの厳しさを物語っていた。


「うわぁ……減ったなぁ」


 ガルドが周囲を見回しながら呟く。


「当たり前よ。あれで半端な覚悟しかない人間が残れるわけないでしょう」


 リゼアは腕を組み、相変わらず堂々としていた。


 だが、昨日よりほんの少しだけ、二人との距離が近い。


 カナトはそれに気づいていた。


 その時。


 講堂前方の巨大な扉が開いた。


 銀色の制服を纏った教官達。


 そしてその中央には、一人の女性。


 艶のある茶髪。


 透き通る琥珀色の瞳。


 凛と伸びた背筋と、一切の隙を感じさせない立ち姿。


 彼女が一歩踏み出しただけで、講堂の空気が肌に刺さるほど冷たく張り詰めた。まるで“規律”そのものが歩いているかのようで、自然と背筋が正される。


「……誰だ?」


 ガルドが気圧されたように小声で呟く。


 周囲の受験生達からも、畏怖の混じったざわめきが広がる。


「セリナ・アークライト……」


「あのアルビオン総司令の娘か……」


 女性――セリナは壇上へ立つと、静かに口を開いた。


「第三試験について説明します」


 よく通る声。


 感情を削ぎ落としたような、冷静な声音だった。


「ここから先は、志望部門ごとに試験を行います」


 講堂に緊張が走る。


「戦術部門。医療部門。研究部門。それぞれ、求められる適性は異なります」


 カナトは静かに息を吐いた。


 やはり、ここからは別々だ。


「受験者は、指定された試験会場へ移動してください」


 第二試験で渡されたままだったプレートが淡く発光する。


 カナトのプレートには――『医療部門 第三区画』。


 その横で、ガルドが肩を回した。


「ここで部門別か」


「当然ね」


 ガルドとリゼアは戦術部門だ。


 第二試験では一緒に死線を潜り抜けてきた。


 けれど、ここからは目指す道が分かれる。


「……なんか変な感じだな。昨日まで一緒に死にかけてたのに」


 ガルドが頭を掻く。


「別に仲間になった覚えはないけれど」


 リゼアが淡々と言う。


 だが、その言葉には以前ほどの棘はなかった。


 カナトは苦笑する。


「お互いに頑張ろう」


「……あなたも落ちないでよ、変人」


 リゼアがそっぽを向いたまま呟く。


「私に認められたんだから、簡単に負けるんじゃないわよ」


 一瞬、カナトは目を瞬かせた。


「それ、応援してくれてる?」


「違うわ」


「絶対ちょっと応援してくれてるよね」


「うるさい、燃やすわよ」


 リゼアが赤くなって睨む。


 ガルドが思わず吹き出した。


「いやー、仲良くなったなお前ら」


「……死にたいの?」


「ごめんなさい」


 即謝罪。


 その時。


「私語は慎みなさい」


 セリナの冷徹な声が講堂へ響いた。


「「「はい」」」


 なぜか三人同時だった。



 医療部門実技棟。


 白を基調とした巨大な講義室には、独特の緊張感が漂っていた。


 壁際には大量の薬品棚や治療用魔道具。


 しかし、それらには一切ラベルが貼られていない。


「……え?」


「薬品名がない……?」


 受験者達が困惑し、ざわめきが広がる。


 その最前列。


 白い治療衣を纏った女性が立っていた。


 淡い青緑色の髪。


 柔らかな翠の瞳。


 穏やかな笑みを浮かべるその姿は、張り詰めた空気を少しだけ和らげる。


 ミズキ・メルクリア。


「医療部門第三試験を始めます」


 包容力のある優しい声。


 けれど、その場にいる誰もが理解した。


 この人は、本物だと。


「アルビオン医療部門に必要なのは、“治癒魔法が使える人”ではありません」


 ミズキが静かに続ける。


「患者を診て、考え、最適な処置を選択できる人材です。なお、薬剤・魔道具の識別も試験内容に含まれます」


 カナトは小さく息を吐いた。


 ただ治癒魔法を使うだけの試験じゃない。


「では、始めましょう」


 ミズキが指を鳴らす。


 奥の扉が開き、最初の患者が運び込まれた。


 一見、健康体。


 外傷もない。


 顔色も悪くない。


「……異常なし?」


「魔力循環も正常に見えるが……」


 受験生達が油断した、その時だった。


 カナトの右眼がドクンと熱を持つ。


 視界の奥。


 患者の全身を巡る魔力が、限界まで膨れ上がった風船のように軋んでいた。


 あと少し刺激を与えれば、破裂する。


「――待っ!」


 カナトが叫ぶより早く、別の受験生が焦って術式を展開した。


「ヒール!」


 直後。


「――が、ぁぁぁあああっ!?」


 患者が絶叫した。


 暴走した魔力が全身で暴れ回り、血管が浮き上がる。


「なっ!? どういうことだ!?」


 会場が一気に混乱に包まれる。


 だが、カナトはすでに動いていた。


「魔力過剰症……! このままだと身体が内側から壊れる!」


 薬品棚へ飛びつく。


 大量のボトル。


 ラベルは白紙。


 普通なら迷う。


 だが、カナトの右眼は薬品に宿る魔力特性の違いを捉えていた。


「これ」


 横から、小瓶が差し出された。


 灰青色の髪。


 感情の薄い静かな瞳。


 だが、その視線だけは異様に鋭かった。


「低純度散魔剤。匂いと結晶揺らぎから判別した。即効型」


 (この短い時間で必要な薬を見つけた……?)


「ありがとう!」


 カナトは小さく返し、小瓶を受け取る。


 即座に棚に置かれていた魔力吸引魔道具を手に持つと、患者へ押し当てた。


 暴走する魔力を外へ逃がす。


 同時に散魔剤を投与。


 数秒後。


 患者の呼吸が徐々に安定していった。


 静まり返る会場。


 カナトはほっと息を吐いた。


 隣にいる先程の少女に話しかける。


「散魔剤ありがとう」


「アイリス・フィール」


 少女は短く名乗る。


「え?」


「私の名前」


 それだけ言うと、再び患者へ視線を戻した。


「僕はカナト、よろしく」


「よろしく」


 アイリスは小さく頷いた。



 その後も患者が運び込まれる。


 時には複数人の場合もあったため、受験者は数人ずつに分かれながら治療に取り組むこともあった。


「次の患者で最後になります」


 ミズキの声に慌てる一部の受験者。


 まだこの試験で貢献できていない者達のようだ。


 そして最後の患者が運び込まれる。


 今度は一目で重症だと分かった。


 全身血まみれ。


 腹部から脇腹にかけて巨大な裂傷。


「この裂傷の大きさ、大型の魔物にやられている」


 隣のアイリスが静かに呟いた。


 受験者達が一斉に動く。


「止血を!」


「増血剤!」


 当然の判断。


 だが。


 カナトの右眼が再び異常を捉えた。


 流れ出る血液の一部が、どす黒く淀んでいる。


(毒……!)


「――待って!!」


 カナトが叫ぶ。


 その瞬間、アイリスが、まさに止血術式を発動しかけていた。


「……何?」


「止血したら駄目だ! この人、血液が毒に侵されてる!」


 カナトは叫ぶ。


「このまま止血して増血剤を使えば、毒まで増幅して一気に心臓へ回る!」


 アイリスの瞳が揺れた。


 そして次の瞬間、彼女も異変に気づく。


「……本当。通常解毒じゃ間に合わない」


 カナトは右眼を押さえた。


 熱い。


 視界が軋む。


 必死に魔力の流れを追う。


 その時。


 脳裏に知らない景色が激しく流れ込んだ。


 白い天井。


 透明な管。


 赤い液体。


『急げ!』


『汚染血を押し流せ!』


 知らないはずの記憶。


 けれど。


 自分の身体は、その治療法を理解していた。


「……毒を、流す」


「え?」


「止血しない。周囲組織だけ限定治療して、出血路を維持して!」


「でも、それじゃ出血多量で――」


「信じて。僕が流れを視る」


 何かを感じ取ったのか、アイリスは無言で頷いた。


 その時。


 カナトはふと、壇上のミズキを見る。


(なんで、こんな患者を試験に……)


 一歩間違えれば死ぬ。


 これは試験の範囲を超えている。


 だが。


 ミズキは動かなかった。


 ただ、静かにカナトを見つめ返す。


 彼女の指先には、いつでも介入できるよう高度だと一目で分かる治癒魔法が待機状態になっていた。


(……違う)


 カナトは気づく。


 この人は命を見捨てているんじゃない。


 ――『あなたなら、どう救うの?』


 その視線が、そう問いかけていた。


「――だったら、見せる」


 カナトは患者へ向き直る。


「助けよう、僕たちで」


 アイリスと他の受験生達が静かに頷いた。


「……分かった」


 彼女が周辺組織だけを限定治療する。


 致命的損傷を防ぎながら、出血路だけを維持。


 その間にカナトは毒に侵されていない部位から採血。


 他の受験生達が増血剤へ接触させ、血液を複製していく。


「心臓近くへ直接流し込む……!」


 周囲の受験者達が息を呑む。


 だが、カナトの右眼には視えていた。


 綺麗な血液が毒血を押し流し、黒い毒素が裂傷部から排出されていく様子が。


「まだ……!」


 右眼が悲鳴を上げる。


 視界が赤く滲む。


 そして。


 ついに。


 黒い毒素がすべて体外へ流れ切った。


「――今だ、アイリス!!」


 カナトの叫び。


 アイリスが完璧なタイミングで術式を展開する。


 止血。


 筋肉修復。


 皮膚接合。


 さらに増血剤を本格投与。


 患者の魔力循環が、ゆっくり安定を取り戻していく。


 静寂。


 誰も動けなかった。


「魔法じゃなく……医術で毒を流した……?」


「なんだ、あれ……」


 受験者達が呆然と呟く。


「…………」


 ミズキが静かに患者を見下ろしていた。


 発動寸前だった治癒魔法の光が、ゆっくり消えていく。


 本来なら受験生では救えないと判断していた症例。


 それを。


 この少年は“魔法ではないロジック”で超えてみせた。


「……初めて見たわ」


 ミズキがぽつりと呟く。


 翠の瞳が、驚きと確信を宿してカナトを見つめる。


「そんな治療法……あなた、一体何者なの?」


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