第110話 広がる戦場
北側防衛線。
カナトたち第九班は、次々と押し寄せる魔物を迎え撃っていた。
魔眼が拾う、次の動きへ繋がる僅かな兆候。
身体強化によって、ようやく追い付いた肉体。
その二つを重ねることで、一体、また一体と魔物を倒していく。
何度か身体強化が解かれる度に、全身を疲労が襲う。
だが、まだ終わっていない。
カナトは乱れた呼吸を整え、再び身体強化をかけ直す。
「終わらない……!」
騎士の一人が息を切らしながら叫ぶ。
倒しても、倒しても。
森の奥から新たな魔物が現れる。
まるで途切れることがない。
「カナト!」
レオンの声。
「左!」
カナトは振り返るより先に身体を動かした。
半歩だけ踏み込む。
ヴォルクスハウルの爪が空を切る。
その勢いのまま剣を振り抜き、魔石を断った。
魔眼で見た先へ、身体強化で最短距離を駆け抜ける。
少しずつ。
本当に少しずつだが、戦える時間が伸びている。
「カナト!」
今度はリゼアだった。
「前を見て!」
「了解!」
炎弾がカナトの頭上を越えて飛んでいく。
背後へ迫っていた魔物が爆炎に包まれた。
「助かった!」
「後ろまで見ようとしなくていいわ!」
「私たちがいる!」
その一言に、カナトは小さく頷いた。
一人で全部を見る必要はない。
レオンが見てくれる。
リゼアが支えてくれる。
それが第九班だった。
◇
一方、その頃。
東側防衛線。
「ガルド!」
アーネストの声が飛ぶ。
「前へ出過ぎるな!」
「分かってます!」
返事をしながらも、ガルドは最前線で剣を振るう。
そんなガルドの動きを、アーネストは冷静に見ていた。
「ルーク。」
「北東より八体。」
紫色の縁取りが施されたローブを揺らし、ルークが短杖へ手を添える。
「大型一体。」
「到達まで十五秒。」
「十分だ。」
アーネストは迷わない。
「ガルド、正面。」
「俺が大型を止める。」
「アイリスは負傷者を優先。」
「ルークは索敵を継続。」
「了解です。」
三人が同時に動いた。
指示に迷いはない。
誰も確認しない。
それぞれが自分の役割を理解していた。
ガルドは小型の群れへ飛び込み。
アーネストは巨大な盾で大型魔物を受け止める。
アイリスは白い光で騎士たちの傷を癒やし続ける。
ルークは索敵を止めず、定期的に風魔法で援護をしている。
誰か一人が目立つ班ではない。
四人で一つ。
それが第七班だった。
◇
南側防衛線。
そこだけ空気が違った。
「左。」
「了解。」
短い会話。
それだけ。
第十二班は必要最低限の言葉しか交わさない。
前衛を担う男ーーディルクが一歩踏み込む。
その瞬間には雷撃が走る。
魔物が倒れる。
次。
また倒れる。
カナトとも臨時の班を組んだこともあるディルクは、その持ち前の能力の高さを遺憾なく発揮していた。
無駄がない。
誰も叫ばない。
誰も焦らない。
まるで何度も同じ戦場を経験してきたかのような動きだった。
◇
再び北側。
カナトは剣を振るいながら、思わず視線を巡らせた。
東では土煙が舞い上がっている。
南では青白い雷が何度も走る。
村全体が、一つの戦場になっていた。
(これが……スタンピード。)
今まで経験してきた任務とは、規模が違う。
自分たちは一つの防衛線を守っているに過ぎない。
村全体では、何百人もの人が、それぞれの役割を果たしている。
グランベル領の騎士。
アルビオンの隊員。
怪我人の対応をする医療部門の治癒師。
誰か一人でも欠ければ、この防衛線は崩れてしまう。
その時だった。
ルークからの通信魔法が、各防衛線へ響く。
『各班へ。』
『東の未開領域より、大規模な魔力反応を確認。』
『……数、不明。』
その一言で、戦場の空気が凍り付いた。
今、戦っている魔物たち。
それはまだ――
本隊ではなかった。




