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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第104話 視察の終わり

 王女殿下の視察が終わった。


 アルビオン本部へ戻った頃には、王都の空も少しずつ茜色に染まり始めていた。


 門をくぐったところで、ギルフォードは足を止める。


 そして、第九班の面々へ振り返った。


「本日の任務は以上だ」


 いつも通り、短い言葉だった。


「ご苦労だった」


「はい」


 レオンが代表するように返事をする。


 リゼアも姿勢を正し、カナトも小さく頷いた。


 そのすぐ後ろでは、王家の護衛たちに囲まれたフルールが静かにこちらを見ていた。


「皆様」


 フルールが一歩前へ出る。


 柔らかな夕陽を受け、その金色の髪が淡く輝いた。


「本日は、本当にありがとうございました」


 そう言って、丁寧に頭を下げる。


 王女殿下が自分たちへ頭を下げる。


 その光景に、リゼアは一瞬だけ目を見開いた。


 レオンも少し驚いたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。


「こちらこそ、貴重な機会をいただきありがとうございました」


 フルールは微笑む。


「皆様のおかげで、私は今日、多くのことを学ばせていただきました」


 その視線が、自然とカナトへ向く。


「カナト様」


「は、はい」


 突然名前を呼ばれ、カナトは少し背筋を伸ばした。


「市場でのこと、忘れません」


「知識は、持っているだけではなく、使って初めて人を救う力になる」


「そのことを、目の前で教えていただきました」


 カナトは少し困ったように笑う。


「僕は、できることをしただけです」


「それが、簡単ではないのだと思います」


 フルールは静かに首を横へ振った。


「また、いつかお話を聞かせてください」


 その言葉に、カナトは少しだけ迷う。


 王女殿下と平民の自分。


 本来なら、何度も会うような立場ではない。


 けれど。


 今日一日を共に過ごした相手に、ただ形式的な返事をするのも違う気がした。


「……はい」


 カナトは小さく頷く。


「機会があれば、ぜひ」


 フルールは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 その後、王家の護衛に促され、フルールは馬車へと向かっていく。


 レオンが礼をし、リゼアも深く頭を下げる。


 カナトも同じように頭を下げた。


 やがて馬車がゆっくりと動き出した。


 静かに遠ざかる馬車を見送りながら、リゼアが小さく息を吐く。


「……終わったわね」


「そうだね」


 カナトも苦笑した。


「さすがに少し緊張したよ」


「少し?」


 リゼアが横目で見る。


「私はずっと緊張していたわ」


 レオンが穏やかに微笑む。

 

「二人とも、堂々としていたと思うよ」


「そう見えていたなら、よかったです」


 肩の力を抜くリゼア。


 その横顔には、視察前とは違う落ち着きがあった。


 ふと、彼女はカナトへ視線を向ける。


「それにしても、カナト」


「なに?」


「王女殿下に、ずいぶん気に入られたんじゃない?」


「えっ?」


 思わず声を上げるカナト。


「そ、そんなことはないと思うけど……」


「どうかしら」


 リゼアは少しだけ意地悪そうに笑う。


「医療部門では指名されて、市場では命を救って、最後にはまた話を聞かせてほしいと言われていたじゃない」


「それは、その……」


 返す言葉に詰まる。


「少なくとも、悪い印象ではなかっただろうね」


 レオンもリゼアに続く。


「レオンさんまで……」


「事実だからね」


 カナトは照れくさそうに頬をかく。


 特別なことをしたつもりはない。


 目の前に助けられる命があったから、手を伸ばしただけだ。


 けれど、それは誰にでもできることではないのだと、今日一日で何度も言われた。


「今日のカナトは、本当に頼もしかったよ」


 レオンのその言葉は、冗談ではない。


 まっすぐな称賛だった。


 カナトは少しだけ目を伏せる。


「僕一人じゃ無理でした」


 自然と口をついて出た。


「王女殿下が周りを下がらせてくれたから、処置に集中できました」


「ギルフォード隊長や護衛の方たちも通行人を整理してくれて」


「リゼアとレオンさんも、いつでも動けるように側にいてくれました」


 小さく笑う。


「だから、助けられたんだと思います」


 リゼアはしばらく黙っていた。


 やがて柔らかく微笑む。


「そういうところよね」


「え?」


「なんでもないわ」


 視線を逸らすリゼア。


 レオンはそんな二人を見て、静かに笑っていた。



 第九班の部屋へ戻る途中。


 夕暮れに染まる廊下を歩きながら、リゼアがぽつりと呟く。


「今日見て回って、改めて思ったわ」


「アルビオンって、本当に色んな人が支えているのね」


 カナトは静かに頷く。


「戦う人だけじゃない」


「戦術部門も、医療部門も、研究部門も……」


「みんな、自分の持ち場で戦ってる」


 その言葉にレオンも微笑む。


「だからこそ、俺たちも安心して前へ出られるんだ」


 カナトは今日一日の出来事を思い返した。


 戦う者。


 治す者。


 研究する者。


 そして、アルビオンを支える多くの人々。


 そして市場で出会った親子。


 一人では救えなかった命。


 多くの人がいたからこそ辿り着けた最適解。


 その景色は、これから先もきっと忘れないだろう。


 夕焼けに染まるアルビオン本部を見上げながら、カナトは静かに帰路についた。

 

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