【他の先輩】
北区最大の警察署。
その広い庁舎の廊下を、二人の女性が並んで歩いていた。
規則正しく並ぶ蛍光灯の光が、無機質な床に白く反射している。
その静けさを破るように、明るい声が響いた。
「わたし〜、みずは先輩の後輩になれて良かったって、最近すっごい思うんですよ〜」
弾むような声音とは対照的に、隣を歩くみずはは表情一つ変えずに短く返す。
「そう」
あまりにも素っ気ない返答に、森川はじっと顔を覗き込んだ。
「理由、聞かないんですか?」
「うん」
間髪入れずに返ってくる無関心。
森川はわざとらしく肩を落とし、大げさにため息をついた。
「えー!?聞いてくださいよぉ〜!聞くって言ってくれないと口にちゅーしますよ?」
その瞬間、みずはの足がわずかに止まる。
そして、ほんの少しだけ間を置いてから、抑揚のない声で言った。
「すごい..知りたくなってきた..教えてほしい..とても聞きたい..」
棒読みだった。
「え〜!仕方ないですね〜!そんな知りたいなら教えてあげますよ〜!」
満足げに笑いながら、森川は再び歩き出す。
二人は目的の部屋へと向かい、廊下を進みながら話す。
「最近、私と同じ年に入社した同期の子達を見たんですよ〜。そしたらその人達、先輩方にすっごい怒られてたり、こき使われてたりしていて!もう見てるだけで息が詰まりそうで!」
「そう」
「でも!みずは先輩は他の先輩方とは違うじゃないですかぁ〜!」
みずはは何も答えない。ただ前を向いたまま歩き続ける。
森川の口は止まらない。
「仕事はわかりやすく教えてくれて!私の仕事が終わってなかったら手伝ってくれて!疲れてる時に飲み物買ってくれて!ご飯奢ってくれて!お家にも泊めてくれて!ベタベタしても何も言わないでいてくれて!もう最高ですよ!私、先輩の後輩になれて良かったって本当に思います!」
勢いよくまくし立てる森川に対し、返ってくるのはやはり同じ一言。
「そう」
それでも彼女は、満面の笑みで続けた。
「私!先輩になら何されてもいいですよ!!」
一拍。
「そう」
あまりにも変わらない温度の返答に、ついに森川は声を張り上げた。
「反応うっっっす!!!感情ありますか!?」
その叫びだけが、無機質な廊下にやけに大きく響いた。




