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第七九話 収監ですわ!

 逸れ者の里:エルデ




 逸れ者の里の集会所、最も開けた清浄とされる場所にて、少女グラースが横たえられている。

 彼女の顔色は悪く、身体の至る所に巻かれた包帯や傷跡が痛々しい。

 里長によれば命に別状はなく、単純に意識を失っているだけだ、とのことだった。


「ん……」


 そんな彼女が、瞼を動かして喉を鳴らす。

 世話をするために来ていた両親や看護人がその様子に気付く。


「グラース、グラース! 目が覚めたの!?」

「ん、お母、さん……」


 起き上がろうと力を込めたとき、グラースは痛みに顔をしかめた。

 母親が慌てて押し留め、寝台の上に寝かせた。

 突然騒がしくなった集会所の様子を察して、エルデとロトが中に入ってきた。


「よお。調子はどうだ?」

「随分傷だらけで、脚の骨には罅も入っていたと聞きますわ。一体何があったんですの?」


 横たわったまま、切れた唇を精いっぱい動かしてグラースは言う。


「アタイ、森に入って、それから」


 彼女の語りはゆっくりで、たどたどしいものだった。

 けれど、今のグラースを責めるようなものは、この場には居ない。

 一通りの話を聞き届けたエルデが、先を引き取って話し出した。


「なるほどな、増やし鬼で逃げるために森に入ったはいいものの、つい行き過ぎて魔物に見つかったと」

「……」


 グラースは横たわったまま、返事をする代わりに頷いた。


「じゃ、一つ叱っとくぞ。何で()()()()()? 普段から()()の魔除けから先には行くなって言ってるし、増やし鬼始めるときも言ったよな? 言っとくがな、おでは今怒ってんぞ」

「ぅ……」


 エルデによって尤もな叱責を受けたグラースが、涙声でえずく。

 傷を負った娘に何を、と思った父親が身を乗り出そうとしたが、手を伸ばしたロトがそれを制した。


「何も意地悪であんなこと言ってるんじゃねえ。オマエらが危険だから言ってんだ……今回でよくわかったろ?」

「……ぅん」

「うし。んじゃ怒るのはここまでだ。起きちまったことはしょうがねえ、これからどうするか考える時間だ──グラース、オマエにも協力してもらうぜ?」

「ぅん、うん……!」


 未だ涙が引っ込まないグラースの頭を、エルデが優しく撫でる。

 まるで、遠い昔、彼が自分の妹に対して行っていたように、なだめて落ち着かせる。

 ロトは制止していた手を引っ込めて、エルデの隣へと歩いた。


「ねえ、グラース。貴女、弟と一緒じゃなかったかしら? さっきの話だと、魔物と遭うまでは一緒にいた、みたいに聞こえたわ」

「ぅ……グルンドは、グルンドはぁ……」


 一層涙を湛えて嗚咽を漏らすグラースのお腹を、ロトが優しく擦る。

 そこで、グラースとグルンドの両親がエルデの肩を叩き、彼の目に何事かを訴えかける。

 エルデも意図を察し、瞼を下ろして首を横に振った。

 ようやく落ち着き始めたグラースに、ロトが再び問うた。


「──ねえ、グラース? もし大丈夫なら、私に教えて下さらない?」

「……グルンドは、グルンドは……アタイを庇って……!」


 そこまで絞り出すのがやっとだったのだろう、グラースは自分の顔を両手で覆って、また大声で泣き出した。

 グラースの『庇って』という言い回しに最悪の事態を想像したエルデの顔色が一気に青くなり、姉弟の両親が血相を変えて長女に走り寄った。


「ねえグラース! グルンドはどうしたって言うの!?」

「あの子は、あの子は今何処にいるんだ!? 答えなさいグラース!」

「わ、わかんないぃ……」


 悲痛な叫びを漏らす両親に気圧されて、ますますグラースは取り乱してしまう。

 見ていられない、と鼻を鳴らしたエルデが、両親の肩を軽く叩いた。


「まあまあ。お二人とも落ち着け。今騒いだってしょうがねえ」

「でも……!」

「しかし……!」


 エルデの方を向いて抗議しようとした両親。

 恐ろしい剣幕の人間が自分から注意を逸らしたことで生まれた余裕が、グラースに口を開かせる。


「グルンドは、アタイを庇って、どっか、行っちゃっ、た、ぁ」

「──」


 すぐ傍でグラースをなだめながら聞いていたロトの額に、皴が寄る。

 自分を庇って誰かが消えてしまう、という状況に、どうしようもなく脳内の記憶野が刺激される。

 小さく呻き声を上げながらその場にへたり込むロトと同時に、両親もまた呆然とする。


「ぁ、あぁ」

「そんな……」

「ッ……」


 声にならない音を肺から絞り出す両親と、額を抑えてうずくまるロト。

 ロトの背中を擦りながら、エルデはどうしようかと思考を巡らせるのだった。




<***>




 数時間が経った。

 夕刻になった里では、未だにグルンドの捜索が行われている。

 その先陣を切っていたエルデが、一時的に里に戻ってきた。

 自宅の扉を開け、椅子を揺らしながら豪快に腰を落ち着けた。


「ッ、あぁ……」

「おかえり。なんか見つかったかい?」


 妹のバウムから差し出された杯を受け取り、エルデが一息にその中身を嚥下した。


「いや、生憎なんも……コイツ(呪い)に頼ろうにも、足取りが掴めねんだ」

「ふぅん」


 握りしめたり開いたりを繰り返す右手を眺めながら、エルデは言った。

 同じ里に暮らす者としての繋がりだけでは余りにも微弱で、呪いで探し出すのは不可能だった。

 しかし、目覚めたグラースの頭を撫でたことで、辛うじて探知程度ならできるようになったのだ……通常ならば。


「見えね壁かなんかに覆われてんのか……?」


 対象との交流と、関係者との接触が揃えば、通常エルデに宿る呪いは次なる標的として対象を狙い始める。

 だというのに、今は全く感知できない、と言わんばかりに呪いの食指がピクリとも動かない。

 不思議がるエルデが、視線を落として呟いた。


「──その、消えちまった、って可能性はないのかい……?」


 バウムが、最悪の事態を想定して聞く。

 エルデは即座に首を横に振った。


「んや、そりゃねえと思う。今も呪いは動き出そうとしてるしな」


 そう言ったエルデだが、内心ではそんな保証が何処にもないことくらい分かっていた。

 呪いが動き出そうとしていることに嘘はないが、それが具体的に誰を対象としているか、まではエルデには分からない。

 もしかしたら他の子どもかも知れないし、両親かも知れないし、姉のグラースを標的としているかもしれない。

 『呪いが励起している』ことと『グラースとその周辺人物を対象にしている』ことは確かだが、『それがグルンドである』かは定かではない、といったところだ。


「ま、とにかく安心してろい、おでが見つけ出してやる……」


 自分に言い聞かせるようにエルデが呟く。

 彼自身、グラースの怪我とグルンドの失踪に責任を感じている。

 これまで里の者に関わってこなかった自分の判断が正しいものであり、今日の自分は判断を間違えた……とまで思い詰めている。

 身体を動かすことでそれを何とか誤魔化そうとしていたエルデだが、いやに家が静かなことに気が付いた。


「ん? そういや、ロトの奴は?」

「それがね──」




<***>




 里の地下、ひっそりとした茂みの傍に入り口を持つ地下牢に、エルデが単身で乗り込んでいく。

 その姿に気付いた見張りが、手に持った武器を構えてエルデを押し留めようとする。


「おい、待て!」

「ッ、何する、通しやがれッ!」

「いいから退がりなさい!」


 押し問答を繰り広げるエルデと見張りのところへ、一人の老婆が足音を鳴らす。


「通してあげなさいや、彼にはその権利がある……」

「里長、しかし」

「おら、里長もこう言ってんだ、通してもらうでよ」


 見張りが里長の登場に注意を奪われた隙に、エルデが狭い通路を通っていく。

 街の設備を整えるよりも先に拵えられた地下牢は、造りが古く手入れも不十分で、そこかしこで老朽化が進んでいる。

 階段を降り切ったエルデの視界の中では、檻の中に一人の女性が収容されていた。


「あら、エルデ。ごきげんいかが?」

「おでの機嫌なんぞ聞いとる場合か! アンタなんでこんなとこに入れられてんだ!?」


 檻に掴みかかって問うエルデとは対照的に、ロトは至って平静な様子で応答する。

 殺風景で荒々しい牢屋の中でさえも優雅な振る舞いを欠かさないロトは凄いが、状況とかけ離れ過ぎていて却って違和感も凄まじい。


「なんで、と言われても困りますわね……入っていてくれ、と言われたから、といったところですわ」

「チッ、そういうことかよ……!」


 合点がいったエルデが、檻を殴りつける。

 里の者が被害に遭ったともなれば皆が不安を覚えるのは無理もなく、その後グラースが話した証言を照らし合わせても、魔物の正体すらも分からない。

 そんな状況で、『外から来た何やら怪しい者』を疑うのも、そこまで無理筋というわけでもない。

 エルデが怒っている部分は、そこにはない。


「おでのいない間に、勝手に進めやがって……!」


 絶対に反発すると分かっているエルデが、捜索に出ている時間にロトを牢屋に閉じ込めた。

 そのやり口が汚く、受け入れられない。

 そもそも更なる被害を抑えるためにロトを牢屋に入れること自体に合理性はない、最初からロトを閉じ込めることが目的だったのだろう。

 加えて言うのなら、グルンドの捜索に当たっている人員は少ないのに、わざわざ見張りを立てているところもエルデは気に入らなかった。


「まあまあ、そう怒らないで。これで皆が安心するなら安いものですわ──」


 口ではそう言うロトだが、握りしめた拳をエルデは見逃さない。


「なあアンタ、本当は嫌なんじゃねえのか?」

「当ッたり前じゃないですの! こうでもしなきゃ命まで取る勢いでしたのよ!? 従わなければどうなってたか、分かったモンじゃありませんでしたわよッ!」

「……はっ、そんだけ言えんなら上々だ」

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