第七八話 遭遇ですわ!
逸れ者の里近郊の森:農具売りの家の娘&息子
ロトとエルデを含めた子供たちの増やし鬼。
開始からしばらく経った今、農具売りの家の娘と息子は森の中を掻き分けて歩いていた。
「へへ、ぜったい捕まらないもん」
「待ってよぉ」
少女は年の頃六つ。
年齢の近い子供と比べてもお転婆なことで有名な少女の頭の中からは、既にエルデの忠告がすっぽ抜けており、里の魔物除けを踏み越えて遠くへ突き進む。
一方で少年は年の頃五つほど。
姉の背中に隠れることの多い少年は、里から離れることが危ないと分かっていながらも、ずんずんと進んでいく姉を止めることは出来なかった。
「ふんふ~ん♪」
「うぅ……」
姉が思うに、里から動き出した鬼に捕まらない為には、里からなるべく離れた森の中へ移動した方がいい。
至極単純な理屈であり、少女の中に迷いはなかった。
「えっと、ここをこっち行くと……」
動きにも、道に迷う素振りは見られない。
上記のような性格故に、森に親しんできたことも、少女の決断を後押ししていた。
姉の背中を掴み、怯えながら付いて行く弟の耳が、異音を捉える。
「姉ちゃん!」
「わっ! ちょっと、何すん──」
弟は小声で姉を制止しながら、掴んでいた背中を引っ張った。
文句を付けようとした少女も事情を理解するとさっと身を隠し、息を殺して音の鳴る方向をじっと観察した。
二人で探した音の主は、思いがけず早く見つかった。
「UBOO……」
全身に青紫の靄のようなものを纏い、針金のように固そうな体毛を戦がせながら、巨体は歩いている。
彼女が知っている大男の中で最大であるエルデと比べても、尚大きなその巨体。
初めて見る異様な気配に、身動きが取れない少女と少年。
「ひっ」
声を漏らすというよりも、喉から空気が漏れ出た、という表現がぴったり当てはまるような音が、弟から発せられる。
それを聞き取ったのか、泰然自若に歩いていた巨体はぴたりと動きを止めた。
「UBO……HOO……」
筋肉に覆われて、どこからどこまで当てはまるのか分からない首を回して、巨体は周囲を見回す。
人間に比較的近い造形に加え、身体の随所から突き出した水晶が、陰に覆われた森の中で不気味に目立つ。
恐怖に襲われた姉が後ずさりすると、不運にもそこに落ちていた小枝がパキリと折れた。
「! UBOOOAAAAA!」
その小さな音を敏感に拾い上げ、巨体の魔物は威嚇を込めて胸を掌で打ち鳴らす。
ビリビリと痺れるような振動が周囲に広がり、姉はそれ以上動けなくなってしまった。
そんな姉の前で、弟は勇敢にも立ち上がる。
「ちょっとグルンド、何してんのよ!」
「ボクが行く。姉ちゃんは逃げて!」
「はあ!? そんなの無理にきまってるじゃん!」
そんな風に喧嘩をしていても、巨体は待ってはくれない。
傷を負ってからそう日にちが経っていない魔物は警戒心が跳ね上がっており、ただの子供でさえも排除しようと迫る。
その辺りの樹の肌を、土を抉り、唸り声を上げて外敵を猛追する魔物。
「早く!」
そう言い放って、弟は横合いへと飛び出した。
槌精族と大鬼族双方の血を継ぐ少年は、年齢に比して恵まれた体格と俊敏さでその場を離れていく。
牙を剥き出した魔物もその姿に目を奪われ、二人が隠れていた茂みから、弟一人へと狙いを変更した。
「あっ、うあ」
何も言えず、伸ばした手で弟の腕を掴むことも出来ないまま、姉は取り残される。
でも、今動かなければ弟が飛び出した意味がない。
「うぅ。うぅぅぅ~……!」
堪えきれない涙を零し、歯を食い縛って、姉は駆け出した。
自分は無事に里へと帰るために。
ただ、そんな彼女の視界には、足元の危険物は見えていなかった。
「──えっ」
魔物が弾き飛ばした太い枝に思いきり足を引っ掻け、姉が点灯する。
折れた枝で肌が擦れ、足首を捻り、岩に腕を強かに打ち付ける。
しかし彼女は、よろめきながらも立ち上がる。
「うっ、うぅ……」
痛みと恐怖と悲しみと、訳が分からなくなる心を抑えつけて、たどたどしく歩く少女。
しかし年端も行かない少女が、里に帰るまでそんな無茶を通しきれるはずもなく。
必死に繋いでいた意識が手放され、少女は森の中に倒れ伏すのだった。
<***>
逸れ者の里:エルデ
「──ん?」
全ての子供たちが捕まったので終了した増やし鬼。
最初の鬼として獅子奮迅、八面六臂の活躍をしたエルデが、子供たちを見回してふと気付く。
「おかしいな、もう二人くらいいなかったか?」
「ん、あれ? グルンドとグラースがいねーじゃん」
エルデの疑問に、子供たちの間の親分的な立ち位置の少年が応えた。
その名前にはエルデも覚えがある、彼が手に入れて来た魔物や植物の素材を渡したことがある農具職人の家の子が、その姉弟だったはずだ。
「ふぅん……みんな、二人は見たか?」
「見てなーい」
全員が頭を横に振っており、目撃証言の欠如が判明する。
ふむ、とエルデが考える隣で、ロトが子供たちに聞いた。
「ねえみんな、あのグルンドってあの男の子ですわよね?」
「そーだよー」
「あの子、お姉さんに随分なついているように見えましたわ、きっと二人は一緒にいるのではなくって?」
「なるほど、それは確かにその通りだな」
ロトの考えにエルデも同調する。
彼の記憶でも、弟のグルンドは姉のグラースの背中に隠れていた姿しか見たことがない。
姉の方はそれなりにしっかりした性格と見受けられるので、それほど心配はいらないだろう。
「──一応、おでが探してくる。みんなはここで待っててな」
「はぁい」
返事を返した子供たちを置いて、里と森の境目から森へと出ていこうとするエルデ。
その後ろに何食わぬ顔で付いてこようとしたロトに気付き、エルデが振り返る。
「おいロト、オマエ付いてこようってのか?」
「当り前ですわよ。私とて子供たちにとっては保護者ですもの」
「そうかもしれねえけどな、アンタは森を知らねえだろ? 昨日みたいに途中で倒れられても困る、子供たちの所で安心させてやってくれや」
「むぅ……確かにそれもそうですわね」
頬を膨らませながら、それでもエルデの意見に合理性を感じてロトが渋々里の広場へと戻っていく。
その様子を見届けたエルデが森へ分け入っていく。
「さて、何処にいるか、だが……」
呪いを目覚めさせようとするが、エルデが意識して里の者と交流を持たないようにしていたせいで、呪いがグルンドとグラースを認識していない。
むやみやたらに呪いを振りまくわけにもいかないため、自分の足で探すしか道はない。
とはいえ、やみくもに探す以外に、少しだけ合理的な手法があり、エルデは既にその方法を取っていた。
「あの時はこっちに行ったんだったな」
増やし鬼の時に捕まらなかった子を探すのなら、自分が行かなかった場所に隠れている可能性が高い。
増えた子供たちが行った場所までは分からないが、自分が探しに行った場所を省くだけで大幅に効率的になる。
「おぉいグルンド、グラースー、増やし鬼終わったから出てこーい」
声を掛けながら森を進むエルデが、自分の設置した魔物除けに辿り着く。
もう里を囲んだ魔物除けの中は捜し尽くした、残っているとすればこの外になる。
「……行くっきゃねえな」
魔物除けを越えてある程度捜して、それでいなければ引き返せばいい。
自分の実力ならば並の魔物には遅れは取らないし、引き返すまでの時間くらい、自衛に心配はない。
だから念のため、と思っていたエルデだが、思いのほかすぐにグラースが見つかった。
「! おい、おいグラースッ!」
倒れ伏すグラースは、元より綺麗ではない服を土で汚し、肌の至る所に切り傷や打撲痕を残していた。
駆け寄ったエルデがグラースの耳元で意識を問うが、ひどく傷付いた彼女が答えを返す兆しはない。
腕を掴むと幸いにも脈拍は確認できたので、何はともあれエルデは彼女を担いで里へと引き返した。
「頼む、頼む、無事でいてくれ……ッ!」
<***>
崖の下の森:見回り衛兵たち
「……ん? 今の音何だ?」
「んお?」
失踪した令嬢を探すために森の中を歩き回る衛兵のうちの一人が、何処からか発生した衝突音のようなものに気付く。
もう片方も気付いており、方向までもある程度目算を付けた。
「こっちだな。物音がしたから、人がいるといいんだが」
「なんか手がかりがあるかもしれん。セバスさんの見つけた髪留めのような」
衝突音の方向へと、注意を深めながら進む衛兵二人。
そんな彼らが辿り着いた場所には、一人の少年が横たわっていた。
少年と言っても未だ幼く、家業の手伝いをしているのが似合うような年頃の子供。
「この外見は、槌精族か、あるいは大鬼族か……?」
「あるいは、その両方かもな。何にせよ放ってはおけん、子供がいるということは集落があるということでもある。参考人としての観点からも、この子は保護するべきだろう」
斯くして、腹部を中心に酷い打撃の痕を残した、意識不明の子供が、崖の上の天幕へと運ばれていくのだった。
因みに、ロトやエルデたちは増やし鬼の最中で子供たちのはしゃぐ声を聴いていたため、衝突音には気付いていません。




