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第八〇話 邂逅ですわ!

「はあ……思い出したらまた腹が立ってきましたわ……ッ!」


 牢屋の中で悔し気に吐き捨てるロト。

 そんな彼女の様子に安堵を覚え、エルデはその場に腰を下ろした。

 じめっとした空気が満ちる地下牢だが、ロトの活発な物言いで、不思議と陰鬱な雰囲気はしない。


「あー……それで、アンタはどうするんだ?」

「どーするもこーするも、今の私(ワタクシ)に何かできる訳もないでしょう……魔術も使えないですし……」

「──ん? アンタ、見たところ森妖精(エルフ)の耳してるが、魔術つかえねえのか?」


 ぴくり、とロトの耳が動く。

 しまった、とエルデが自分の判断を後悔したが、ロトは不思議と激昂はしなかった。

 代わりに、項垂れて不平を呟くだけ。


「そーなんですのよ、悪かったですわね……記憶はないのですが、どうにも魔術が使えなくって……」

「いや、それ自体は別に悪い事じゃねえだろ。おでも妹(バウム)も一流魔術師の子だけど、碌な魔術使えねえしな──ってか、アンタも同じクチだったとはな」

「? どういうことなんですの?」


 そういえば、まだはっきりとは言っていなかったか、とエルデは自分の記憶をたどる。

 思い返してみれば、自分と妹の過去については大部分を語ったものの、この里について喋ったことはなかった。

 今更故意に隠しておく必要もない、と考えたエルデが、首を傾げるロトに向かって語り出す。


「この里はな、逸れ者の里、って呼ばれてんだ。肌の色とか、種族とか、生まれ持った魔術的、身体的特徴とか……そういう諸々で差別された奴らが、自分たちだけで生きてやる、って息巻いて作ったんだとよ」

「へえ、そうだったんですの」

「随分軽いな……」


 あっけらかんと言い放ったロトに、エルデは肩透かしな感覚になる。


「しかしまあ、大体同意見だ。見た目や特性がどうあれ、今こうやって生きていけてんのが、問題ねえ証拠だよ」

「まあ、そうですわね。子供たちも、何ら問題を抱えているようには見えませんわ」

「そ(・)の(・)世(・)代(・)はな」


 一旦言葉を区切って、エルデは周囲に目を向ける。

 自分とロト以外に、地下牢周辺に誰もいないと確認して、エルデは続けた。


「坊主と嬢ちゃんたちは、差別を知らん。それはいいことだけど、その親が問題だ」

「なるほど、そういうことですのね。差別や虐待って、一度でも受けたら多大な影響を残しますもの……分かりますわ。同じクチ、ってこういうことだったんですのね」


 ロトは、自分の内面を見つめながら言葉を選ぶ。

 実感はないものの、自分の中核に、『期待を掛けられたものの、それを達成できなかった劣等生』『母親の性質を十全に発揮できない親不孝者』という自覚があることには気付いていた。

 自分が苛立ちがちで語気が強くなりやすいのも、そうした下地による攻撃性に由来するモノだろう、とも想定している。


「ッつーワケで、アンタをここに閉じ込めたのもそういう疑心暗鬼が原因だろう。それ自体を責める気はねえが……やり方がとにかく気に食わねえ」

「同感ですわよ全く! 早く何とかしてくださいまし!」

「勿論だ。グルンドはおでが見つけるし、原因の魔物もおでが追い払ってやる……っと。んじゃ行かねえとな」

「待ってますわよーッ!」


 ロトの声援を背中に受けながら、エルデは地下牢を後にした。




<***>


 逸れ者の里傍の森:エルデ




 日が沈み、魔物が活発に動き出し始める頃合い。

 危険だと分かっていながらも、エルデは森へと脚を踏み入れていた。

 自分の身体が危険に晒されようとも、それはどうだってよかった。


「グルンドの方が、ずっと危ねえからな……!」


 踏み込む足にも、気合が入る。

 大きく、大きく一歩を踏みしめるエルデだが、何も考えずに進んでいるわけでもない。


「まずは泉だ、里の奴らなら泉の力を知ってるはず……」


 聖なる泉は、女神の祝福を受けたという伝承を持ち、湧水もその話に違わぬ治癒能力を持っている。

 実際明らかに事故の結果泉に飛び込んだロトですら、身体的に何の傷も残さなかったほどであり、仮にグルンドが襲われていてもこの泉の水を浴びれば、たちどころに治癒されることだろう。

 逸れ者の里がこの立地にあるのも聖なる泉を最大限有効活用するためであり、子供とはいえグルンドがその存在を知らない筈もなかった。


「とはいえ、望みは濃くねえよなあ」


 ぼそり、とエルデは地面を見ながら呟いた。

 彼の呪いが食指を動かさないことから、分かりやすい位置にグルンドがいるとは考えにくい。

 それでも何らかの痕跡が残っている可能性は捨てきれない、と頭を振って、エルデは泉の傍に立った。


「……やっぱり、いねえな」


 分かっていたこととはいえ、無駄骨になりそうだ、というだけでエルデの肩が落ちる。

 しかしそこは長年見張りとして活動してきたエルデ、落胆していてばかりではない。

 気を取り直して周辺の探索を開始したエルデだが、ふと鼓膜から緊急信号を感じ取り、即座に草むらの中へと身を隠した。

 彼の直感は正しく、数分も経たないうちに、見るからに異様な姿の魔物が現れた。


「UBOOHOO」


 人間に近い全身像、丸太のように太い前足を地面につける歩行方法、身体の至る所から突き出した黒紫の水晶。

 どれもこれも、今までエルデが見たことのある魔物と重なる特徴はなかった。


(なんだありゃ、人間?

 噂に聞く猿ってやつか?

 にしちゃあ背中の水晶……あの色合い、昔小耳に挟んだ、『魔力に中てられた』状態って奴か?)


 推測に推測を重ねるしかない状態に歯噛みするエルデ。

 自分がもっと経験を積んでいれば、グルンドを危機に晒すこともなく、何なら魔物除けにこの魔物を登録することも出来たというのに。

 とはいえ、終わってしまったことはどうにもならない、今自分がすべきことは、この魔物を排除することだ、とエルデはしっかりと理解していた。


「UBO」


 のっそりと動き、木に生っている果実をもぎ取って口に運ぶ魔物。

 その動きに恐るべき点はないが、やり方が問題だった。

 果実をもぎ取るどころか、果実が多く生っている枝を丸ごとへし折って、乱暴に果実を口に放り込んでいた。

 もしもあの腕に掴まれたら、如何に大鬼族の血を引き鍛えているエルデでさえも、根菜のようにあっさり折られかねない。


(機会は一瞬、次に枝をへし折って、果物を口に放り込んだ瞬間!)


 そう心に決めたエルデだが、その瞬間が訪れるのは存外早かった。

 次なる枝に狙いを定め、右腕で枝を掴んだ魔物。

 その腕に力が込められた、と理解した瞬間、エルデは草むらから飛び出した。




<***>


 逸れ者の里:地下牢




 話し相手のエルデがいなくなり、再び静まり返った地下牢で、ロトが膝を抱える。


「……」


 出来ることもないので、自分の記憶に関して情報を整理していくことにした。

 まず、思い出している内容について。


「私の出生の景色と、途中からよく見るようになった侍女の娘、あとはいつも一緒にいた執事の青年」


 箇条書きにして挙げると、僅かこの程度しかないと気づき、ロトは最早笑えてきた。

 困ったことに、変わり映えのしない豪邸での出生の景色と、今自分が置かれている森がどう繋がるのか、まるで見当がつかない。


「はぁ……せめて何故記憶を失ったか分かれば、話は進むんですけれど……」


 無力感と焦燥感で、ロトは思わずため息を吐く。

 と、そんなとき。

 抱えた膝に頭をうずめるロトは、確かに小さな音を捉えた。


「何ですの、何なんですの!?」


 何やら言い争いが起き、剣呑な空気が階段の方から漂ってくる。

 エルデがいなくなったことで、いよいよ自分を処分しようという意見が可決されたのではなかろうか。

 そんな悪い想像が頭を駆け巡り、ロトの顔色が見る見るうちに悪くなっていく。


「しかし……私(ワタクシ)はここでは死ねませんわ──私の身体が、根っこが、そう言っていますもの……!」


 腹をくくったロトが、すくっと立ち上がる。

 一体どんな巨漢だろうと、悪漢だろうと、せめて精神は気高く、逃げ出す機会を窺おうと。

 甲斐甲斐しく世話を焼き、自分に仕事まで与えてくれたエルデやバウム、里長には悪いが、黙って里を脱出しよう、と。

 そのあとのことは、どうにでもなる……なんて、考えていたロトの視界に飛び込んできたのは。




「──お嬢様ッッ!!」




 髪を乱し、燕尾服の裾を汚した、黒髪の青年の姿だった。

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