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第七六話 手がかりですわ!

「──とまあ、そういうわけだ」


 出逢いあり別れありの旅路を語り尽くしたエルデが、自分の杯を手に取った。

 疲れた喉を癒そうと思ったのだが、傾けても一向に潤いは訪れず、よく見ればとっくに中身が無くなっていた。

 喋りながら飲み過ぎたか、と反省して杯を置いたエルデが目にしたのは、机を挟んで、金色の髪を揺らしつつ舟を漕いでいるロトの姿だった。


「……ぐぅ」

「──なあ、おい」

「うーん、何時の間にか寝ちゃってたみたいさねぇ」


 勿論舟を漕いでいると言ってもそのままの意味ではなく、眠りに落ちかけて頭を前後させる様を意味している。

 そのままにするかどうか悩んだエルデだったが、椅子に座らせたまま眠らせてはきちんとした睡眠がとれるはずがない。

 ただでさえ肉体労働をしてもらったのだ、寝台に乗って身体を休ませてほしいという思いから、エルデはロトの肩を揺するのだった。


「おぉいロト。起きろ」

「んー……」

「ロト。そのままいたら明日後悔するよ~?」


 エルデとは反対の方から、バウムもロトに声をかける。

 むにゃむにゃと口を動かして、ロトが眠い目を擦りつつ、起きているのか寝ているのかよくわからない雰囲気で応えた。


「ああ、それで、洞窟ではどうなったんですの……」

「そこまでかよ! 呪いの克服の話とか、この里におでたちがどうやって来たかとか、聞いてなかったのか!?」

「何の話ですのー……」


 思わずため息を吐くエルデだったが、生家を出た話まで聞いていたのならまあいいか、と思い直してバウムに目くばせした。

 意図を読んだバウムがロトの椅子を引き、眠気に支配されて身体を動かせないロトの肩を担いだ。


「さーて、そんじゃおねんねしましょうねー」

「むう……私、子供じゃありませんわ……」

「机に座ったまま眠りこけておぶられてんのは、どっからどう見ても子どもだろうが」


 バウムが力強くロトを運び、エルデも呆れながら後に付いて行った。

 階段から落ちてしまったときに支えようと思ってそうしたのだが、バウムがそのような失態を犯すはずもなく、無事にロトを寝台に落ち着かせた。

 被せた掛毛布を軽く撫でたバウムが立ち上がり寝室から出ると、続けてエルデも部屋を後にしようとした。


「エルデ……」

「ん? なんだ、起きてたのか?」


 呼ばれたエルデが立ち止まり、扉に手を掛けてロトの方に顔を向ける。

 目をしぱしぱさせながら、眠気を必死にこらえながら、ロトはエルデに言葉を掛ける。


「あなた、とっても強いですわね……」

「──」


 強い、という言葉は、エルデが自分自身に終ぞ感じたことのない印象であった。

 耳慣れない単語に凍り付いたエルデに、ロトが続ける。


「誰かのせいにしないで、自分の強さを信じてる……それって、とってもすごいことですわ」

「──やめろよ。おではそんなに立派なモンじゃない」


 嬉しさは、ある。

 けれどそれ以上に、誰にも頼れず逃げ出したあの日の自分と、そんな自分が犯した罪に圧し潰されそうになったエルデ。

 彼が拒絶の意思を告げても、ロトは止めない。


「いいえ、強くあろうとする、その生き方は、とても、とっても……美しい、ですわ……」

「美しい、か」


 これもまた、エルデが一度もかけられたことのなかった言葉。

 緑色の肌、常人に比べて異様に発達の早い身体、そしてやや盛り上がった額の一部。

 それは純粋な人間ではなく、小鬼族(ゴブリン)あるいは大鬼族(オーガ)の血を引くことを示す形質である。


「父さんとも母さんとも違うこの肌……虐められたもんだがな」


 自分で自分の腕を眺めながら、エルデが呟く。

 隔世遺伝というものだろうか、常人の両親のもとに生まれて来たエルデとバウムは、不思議にも人間ではない種族の形質を発現させた。

 両親が迷境に潜って魔力の影響を受け過ぎたとか、遠い先祖に小鬼族か大鬼族の何方かがいたとか、様々な要因が考えられた。


「……」


 それでもなお、両親が注いでくれた愛情をエルデは思い出す。

 肌の色が違おうと、額に特徴があろうと、成長が早かろうと、関係なく自分たちのことを愛してくれた両親のことを思い出す。

 そして、そんな両親と同じく無償の愛を向けてくれているロトをエルデは見つめる。


「──って。もうすっかり寝てやがるな」

「すぅ……すぅ……」


 呼気に合わせて上下する毛布を見てロトが眠りに落ちたことを察し、言いたいことを呑み込みながらエルデは部屋を後にした。

 階段を降りるエルデの頭の中では、すっかり両親とロトの姿が重なっていた。


「……ったく、似ても似つかねえのに」

「ロトとおとうさん、おかあさんのこと?」


 やけに遅い兄を心配して階段の近くまで様子を見に来ていたバウムが、兄の独り言に相槌を打った。

 東洋の「以心伝心」という言葉を体現したような通じ合い方で、エルデは頷きながら一階に足をつけた。


「ああ──放っておけなかったのも、それが理由かもしれねえな」

「ふふ、確かにそうさねえ。困ってる人の為に頑張るところとか、自分も他人も大事にしようとするところとか、ふたりにそっくり」


 二人で座りながら、両親との日々に思いを馳せる。

 両親とは、もうかれこれ数年会っていない。

 逸れ者の里が外界から極力遮断されている事情もあるが、兄妹が家を出た結果呪いや体調が回復したという話も聞かない。

 恐らくは衰弱して、体調を崩すなり仕事に戻れなくなるなりして、そのまま……


「……ロトは、何とかして戻してやらねえとな」

「うん。思い出も、居場所も……アタシたちみたいにならないように」


 決意を固める兄妹。

 一方で、呪いを乗りこなす時に助言をくれた呪術師の台詞もまた、彼等の胸に重くのしかかっていた。

 即ち、『情を移せば移すほど、呪いもまた移りやすくなる』、と。




<***>




 ロトことオディールが眠りに落ちたのと同じころ、森の中を駆ける男性の影が一つ。

 誰あろう、セバスである。


「はあ、はあ……」


 彼は自分の睡眠時間も削って主の捜索にあたっていたのだ。

 しかし一向に有力な手掛かりは掴めず、いたずらに身体に疲労を、衣服に擦れ跡を残していくばかり。

 そうなるとセバスの精神も摩耗していき、睡眠の質が落ち、更に疲労が溜まる、という悪循環に陥っていた。


「お嬢様、何処にいるんですか……!」


 普段軽口を叩く関係の主だが、憧れの相手の失踪はセバスの足を重くする。

 そんなとき、月の光が微かに地面で煌めいた気がした。


「? いや、何もないところで光が生じるはずが」


 気のせいかと思って素通りしようとしたセバスだが、今は少しでも情報が欲しいところ。

 仮に気のせいだったとしても、『ここにはいない』という情報が得られるだけましというものだ。

 そうして輝きの方へ近付いて行ったセバスが目にしたのは、世にも美しい泉。


「──これは……」


 月光に煌めく泉にしばし見惚れ、疲れも忘れたセバス。

 しかしそこで再び、月の明かりを反射して光る何かを泉の傍に発見した。


「! この形は間違いない、お嬢様の髪留め」


 花の形の金属細工があしらわれた髪留めが、草木に隠れて眠っていた。

 何時の日か、舞踏会をやり遂げた褒美に父親にねだって買ってもらっていた光景を、セバスはよく覚えていた。

 であるならば、オディールがこの辺りに辿り着いたという可能性は非常に高い。


「しかし、にしては周辺が綺麗に過ぎる……血痕もない」


 髪留めを拾い上げたセバスが、月の光を頼りに周囲を観察して違和感を口に出していく。

 この場所にオディールが落下したというのならば、聊か状況がきれいすぎる。

 雨が降った訳でもないのに血痕が残っていないことも踏まえると、どこか別の場所からやってきてこの泉に辿り着いた、ということも考えにくい。


「なら……誰かが、人為的に綺麗にした、という方がしっくりくる」


 自分なりの考察を終え、一先ずセバスは胸をなでおろした。

 オディールはこの辺りを拠点にしている人々の傍にいることはまず間違いなく、消息を表す魔道具の御陰で命を落としていないという確信もある。

 なら、地道にこの辺りを探していけば、そう遠くないうちにオディールを見つけることができる。


「ふう……今日の所は、この辺りで切り上げますか。朝になって天幕に私がいないと、それはそれで騒ぎになってしまいます」


 確かな成果を胸の袋に収め、セバスがその場を後にする。

 森の外、崖の上を目指すセバスの背中を、青黒い結晶を纏った毛むくじゃらの魔獣が眺めていた。


「──」

恐らく落下したときか、落下したオディールをエルデが引っ張り上げるときに、髪留めを落としてしまったのでしょうね

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