第七四話 開封ですわ!
遅れ申した!!!
五年前:エルデ&バウム
その夜、少年エルデは目を覚ました。
久しぶりの両親との再会で興奮していたとか、団欒の時間に飲んだ飲み物で尿意を覚えたとか、隣に眠る妹の足で蹴り起こされたとか、経緯は色々あった。
眠い眼を擦りながら、彼は灯りを点ける手間を惜しんで階段を下り、手洗いへと向かった。
用を済ませた彼はすっかり目が覚めてしまい、なんとなく両親の土産を見に行こうとした。
「んー……こっち……」
手に取るように分かる自宅の中、居間に土産が置いてあることは知っている。
勿論土産と言っても観光に行ったわけではなく、地方の銘菓や積年の葡萄酒、伝統の衣類などを持ち帰ってきたわけではない。
探索と討伐で生計を立てる父親と母親が持ち帰ってくるのは、道中で手に入れた貴重な宝石や有用な素材、魔石の原料となる魔鉱石等々。
「おぉ……すげえ……」
好奇心に溢れる十二歳の少年は、きらきら輝く金属や宝石の数々を、窓から差し込む月の光に照らす。
その瞳に煌めくのは照らされたお土産だけではなく、将来自分も冒険者になって世界を旅するんだ、という夢でもあった。
宝石入りと魔鉱石入りの革袋が一つずつ、紐で縛られた牙や爪、皮といった素材の山を掻き分けて眺める少年。
彼の目が、ある不自然な物体を発見した。
「──あれ? なんだこれ、箱?」
革袋や素材に覆われるようにひっそりと佇んでいた、小さな箱。
少年が両手で包み込めるような大きさの木箱だが、装飾は控えめで金属製の金具以外はこれといって重厚感はない。
それこそ近所の露店でも見かけるような素朴な木箱が、なぜこんなところに、と少年は首を傾げる。
「うーん、でも……とーさんとかーさんが持ってきたもんだしなぁ」
少年の盲信にも近い両親への信頼が、箱の中に特別な何かが秘められているという想像を湧き上がらせる。
箱の飾り気のなさもまた、中身が何か特別なものである、という少年の思い込みに拍車をかけていた。
そわそわと周りを見渡したり、手の中の箱を眺めたり、月明かりに照らしたり、手を変え品を変えて箱を観察する少年。
「──まあ、どうせ鍵かかってるし……」
箱の魅力に耐えかねた彼が自分を正当化し始めるのに、そう時間はかからなかった。
何か危険なものが入っているとしたら鍵がかかっている筈。
そう考えたエルデがそっと箱の蓋を持ち上げようとすると、それはあっさりと浮き始めた。
「鍵が、かかってない」
ぽつりと呟いたエルデだが、箱の蓋はやや浮いた程度で、まだ中身は見えていない。
だったら、それほど危険な代物ではないだろう、
ただの土産だったとしても、そっと元に戻しておけば自分がこっそり盗み見たこともバレやしない。
そう、大丈夫、大丈夫……
胸の内で何度も繰り返しながら、エルデは蓋を少しずつ浮かせていった。
「……? ん、あれ?」
最初は目を細めながら蓋を持ち上げていたエルデだが、違和感に気付くと箱の中を覗き込んだ。
箱の中には何も入っておらず、ただ木目が見えるばかり。
念のため窓から差す月光に照らしてよく観察するが、それでもやはり何も入っていない。
肩透かしを食らった気分のエルデはため息をついて落胆したが、寝床を長く離れすぎていることに気付く。
「うわ、やっべ」
宝の山に夢中になっていたエルデは壁に掛けられた時計の進み具合を見て慌てだし、急いで箱を奥深くに差し込んで寝所に向かった。
すっかり冴えてしまった頭を落ち着けるために全身に毛布をかぶったエルデは、長い時間をかけて深い眠りに落ちていった。
「──」
その隣、エルデの傍に横たわっていたバウムは、一部始終を目撃していた。
ふと目を覚ました彼女は、隣で眠っている筈の兄の姿がないことに気付き、不安に駆られながら家中を探し回った。
程なくして見つけた兄は、両親の土産の山を物色していたのだった。
(どうしよう、どうしよう……)
柱の陰に身を隠しながらその様子を窺い、適当な所で姿を現そうと考えていたバウムだったのだが、兄がとある箱を手に取ったときにその考えは改められた。
妹は兄の後ろ姿を見ていたにすぎないのだが、兄が箱を開けた瞬間何かが飛び出してきたのが見えたのだ。
飛び出した青い靄のような何かはエルデの全身を覆い、吸着されるようにエルデの身体に染み込んだ。
その様子を見て恐ろしくなったバウムは、そろそろ兄が宝探しを終えることを察して、先んじて寝床に着いたのだった。
小鳥の鳴き声と共に、兄妹は目を覚ます。
示し合わせたようにむくりと上体を起こし、階段を降りて居間へ。
そこには既に起きた両親がいて、家事を熟しているところだった。
「おや、起きたかい」
「朝食はそこに用意してある、顔を洗ってから食べるといい」
母親と父親に促されるまま兄妹は朝の支度を済ませる。
すっかり覚醒した兄妹と両親は、久方ぶりに家族全員で外出しようという話になる。
戸締りをして、街へと繰り出すのだった。
「いやあ、この街も変わってくなあ……」
「そりゃそーだよ。お母さんたちが冒険に出てからもう数か月なんだよ」
「はは、そりゃそうか」
手をつないだ息子の言葉に、思わず母親が笑みを零す。
街も息子も娘も、少し目を離したすきに目まぐるしい変化を見せる。
それが微笑ましいような、成長を余すことなく見られなくて寂しいような、何とも言えない感慨を覚えながら父親が呟く。
「そういえば、ここの角の裁縫屋は?」
「えっとね、一か月前にいなくなっちゃった」
「いなくなった? そうか……」
まだ幼い娘の曖昧な物言いに首を傾げた父親だったが、すぐにその意味するところを察した。
この街の人口は減るばかりで、自然と経済規模も縮小していっている。
そうなると皆普段使いの衣類の買い替えを渋るようになり、何なら自分たちで仕立てるようになっていく。
そんな状況の中裁縫屋を存続させていくのは厳しいのだろう、というのは父親の想像だったが、強ち間違いでもなかった。
「ま、今日は楽しもうか! ほら、食べたいものはあるか? 久しぶりにみんなで外食するんだ、美味いものでも食べようじゃないか」
「食べたいもの……」
節約を意識して暮らしている兄妹は、食べたいもの、と言われて考え込む。
食べたいという欲望よりもこれを食べるべきという理性に従ってやりくりしていた二人は、自分の食欲を顕わにすることが苦手になっていた。
そんな二人に視線を合わせるように屈み、母親は兄妹の頭を撫でる。
「ほら、何でも言いな? 皆でのご飯なんだ、私達も二人の食べたいものが食べたいんだ」
「──」
「──そ、それなら」
もじもじしながら口を開こうとするバウムの言葉を、両親は笑顔を浮かべながら待つ。
「シュニッツェルが食べたい」
「シュニッツェル! いいね、それにしよう」
「おう、おでもシュニッツェルがいい!」
「ようし、それなら大通りのお店に行こう。あそこは何時も混むけれど、この時間ならまだ座れるはずだ」
「あそこか! じゃあ競争な!」
「あー! まってお兄ちゃん!」
「転ぶなよー!」
よく知る目的地に向かって兄妹が駆けだし、その後ろを母と父が並んで歩く。
なんてことはない、休日の家族の微笑ましい姿。
その日の晩だった。
食事の後に兄妹が世話になっている施設に挨拶に行き、そして買い物を済ませて帰宅した一行。
疲れたからと言って横になった母親が苦しみはじめ、額に脂汗を浮かばせるようになった。
「ねえ……おかあさん、だいじょうぶなの……?」
「心配するな、きっと大丈夫だ、直ぐによくなる。明日には医者にも来てもらおう」
「お母さん──」
「ほら、エルデも何時までも見てないで戻りなさい。お母さんの頑丈さはおまえもよく知っているだろう?」
「こら、誰が頑丈だって……? せめて、元気って言いなさいよ……」
「な、この通りだ」
臥せりながらも気丈に振る舞う母と、その意図を汲んで子供たちの世話を引き受ける父。
そんな二人に説得されて、エルデとバウムは夕飯を食べて風呂に入り、寝床に就く。
父も念のために寝具を今に持ち出して母とは距離を取り、母も消化によい食べ物をお腹に入れて眠りについた。
しかし、母親の容体が快復に向かうことは、無かった。




