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第七三話 晩餐ですわ!

 出来上がった食事を、妹のバウムが運ぶ。

 普段は兄妹で慎ましやかに暮らしており、その分食事量も控えめにしていたのだが、客人がまともに食事をとれるようになって張り切っているようだ。

 そんな妹の姿を微笑ましく思いながら、エルデは発泡酒を喉に滑らせる。


「ねえバウム。これなんなんですの?」

「ん、これかい? これは適当に野菜を切って煮込んで味付けしただけの料理さね。名前なんてないよ」

「へえ……!」


 興味津々に眺めていたロトが、自分の目の前に出された木製の匙を手に取った。

 すると不思議な感触に気付いたのか、ロトは匙で野菜を掬うのではなく照明の下で観察し始めた。


「どした、何かあったか?」

「いえ、見覚えはあるのに不思議な感触でして。これ、木ですわよね?」

「ん、ああ、当然さね。ウチはみんな木を使ってるよ」


 木製の食器を見慣れていなかったり、野菜の煮込み料理なんていう大衆的な料理を知らなかったり、育ちを窺わせる場面が余りに多い。

 生活を送る場がお(・)で(・)たちの家でよかった、他の場所だったら爪はじきにされていてもおかしくない、と酔いが回り始めたエルデの頭に浮かんでいた。

 発泡酒をどんどん減らしていくエルデの隣の席で、ロトは恐る恐る口に入れた煮込み野菜の美味に舌鼓を打っていた。


「んー! 美味いですわねこれ!」

「だろ! ここの野菜はうめえんだ、みんなで頑張って作ってっからねえ!」

「味も食感も柔らかくて美味しいですわ……この黒いのと併せて食べると丁度いいですわね」


 煮込み汁を零さない様に、黒パンを散らばらせない様に気を付けながら、抑えきれない食欲に従ってロトは料理を掻っ込んでいく。

 エルデやバウムにとっては他愛ない労働でも、彼女にとっては大層な肉体仕事だったため、彼女の中の栄養分は枯渇しかけていたのだった。

 見ている方が嬉しくなるような食べっぷりに笑みを浮かべながら、バウムは本当なら明日以降に取っておかなければならない分をロトの皿に盛っていった。


「ふう……お腹いっぱいですわ」

「よく食ったな……その細い腹の何処にそんだけ収まったんだぁ?」

「もう食べられないですわぁ……」

「はは、そんなに食べてもらえると、作った甲斐があるってもんさね」


 洗い場で皿を綺麗にしながら、机に突っ伏して呻き声を挙げるロトにバウムが笑った。

 丁度手持ちの樽の発泡酒が底を突いたエルデも立ち上がり、樽を洗い場に持っていく。

 手を翳して水魔法が込められた魔石を起動させ、エルデは軽く中身をすすいでからバウムに託した。


「さて、それじゃロトは風呂行ってこい。話はその後だ」

「ええ……お先に失礼しますわ……っぷ」


 椅子を引いて立ち上がりながらも腹と口を抑えるロトは、弱弱しい足取りで風呂場へと向かう。

 大丈夫かと思いながらエルデは洗い場を離れ、ロトの分の寝床を準備しに二階へと上がっていった。

 程なくして。


「バ~ウ~ム~……」

「ぎゃあ!? 何してんだいアンタ、そこの布で拭きなって昨日も言っただろう!」

「着~替~え~……」

「寝巻の用意もせずに風呂に入ったのかい!? アンタ幾つなのさ!?」


 そんな騒ぎが一階から聞こえてきて、早いうちに二階に上がっておいてよかったとエルデは心から安堵するのだった。




 温めた牛の乳が入った杯が、居間の机に三つ並ぶ。

 ロトに自分たちの過去を話すと決めたのはエルデだが、バウムも特に異論を唱えたりはしなかった。

 能力はなくとも一生懸命に家事を手伝ってくれたこと、美味しそうに夕飯を平らげてくれたことだけで、バウムにとってロトは信頼に足る人物になっていた。


「さて。それじゃ話すか……ちょっと長くなるぜ」

「ええ、ちゃんと聞きますわよ」


 真剣な面持ちで頷いたロトを信頼し、バウムが語り出す。


「おでたち二人は、もともとここの生まれじゃねえ。まあ、この里の大半はそうなんだけどよ……」




<***>


 五年前:エルデ&バウム




 晴れ渡る青空──普段の曇具合に比べて、の話だが──の下、兄妹が駆ける。

 冒険者の両親のもとに生まれた二人だが、兄妹は冒険者にはなっていない。

 状況ゆえに冒険者になるしかなかった両親は、兄妹に可能な限り自由な選択を与えたかったのだ。


「はっ、はっ」

「急げっ、急げ。お父さんとお母さんが帰ってくるぞ!」


 自分よりやや遅れて息切れしかかっているバウムを気遣いながら、やや速度を落としたエルデ。

 彼ら二人はいつも一緒に暮らしているが、両親はその稼業の為に家を空けている期間が長い。

 子ども二人で生きていくために互助組織のある都会に移り住んだ一家の、数か月ぶりの再会が果たされようとしていた。


「ごめん、通らせてくれ!」

「うおっ、緑のガキ」

「あーあー通してやれ、親父さんとお袋が帰ってくるんだとさ」

「へえ……え、まさか今日帰ってくる『比翼双刃』のことっすか」

「流石にテメーも知ってるか」


 酒を煽りながら管を巻く大人たちの隙間を縫い、エルデとバウムが冒険者協会に辿り着いた。

 協会の窓口で、重装備の戦士と裾の長い衣服の魔術師が報酬や獲得品の取引を丁度終わらせたところだった。

 自分たちの子供というだけあって気配で察知したのだろう、母親と父親が振り返り、走って来た我が子らを抱き上げた。


「お~エルデ! また大きくなったんじゃないか~?」

「た、たった半年だろ、全然変わってねえよ!」

「そうかぁ? 二人とも一回り立派になったと思うけどなぁ~?」

「えへ……兄ちゃん、ずっと楽しみにしてたもんね」


 照れながらも抱きかかえられることを拒まない長男と、同じようにされながらその様子を笑う妹。

 久方振りの家族団らんが、そこにはあった。

 一行はその日の晩の食材を買いながら、普段は子供たちが二人だけで暮らしている家へと向かった。


「よいしょ、んしょ……」


 練習中の料理を頑張る妹と、疲れた両親の為に温めた牛の乳を運ぶ兄。

 冒険者としての装いを脱ぎ、通気性と着心地をとにかく重視した、それでいて庶民的な衣に着替えた両親。

 父と母は子供たちを微笑ましく思いつつも、子供の傍に自分たちが居られないから習得させてしまった能力でもある、とも考えていた。

 それでも今が幸せならそれでいいと、危険を冒さずとも生きていけるようになるために今は頑張るほかないと、そう言い聞かせる両親の前に皿が運ばれてきた。


「おー、ありがと!」

「言ってくれたら俺たちが運ぶけど」

「いーの、おとうさんとおかあさんには休んでほしいから」

「そうだ、二人はゆっくりしてればいいんだよ」

「そっか、ありがと」


 微笑みながら一家は同じ机に就き、同じ料理を口にする。

 目覚ましく上達した娘の手料理に舌鼓を打つ両親と、誇らしげな妹の頭を撫でて褒める兄。

 たまにしか揃わないけれど、確かに温かな家庭が、そこには存在していた。




<***>


 現在:逸れ者の里




 ここまで一息に喋ったエルデが、自分の杯に口を付ける。

 懐かしむような遠い目をするバウムの横顔をちらりと見ながら、少なくとも妹の心に傷を負わせていないことにエルデは安堵する。

 ロトに過去を話すのは必要だと判断してのことだが、彼にとって妹を傷つけないことはそれ以上の価値がある。


「ここから先がちいっと長いんだが、質問あるか?」

「んー……そうですわね、では一つ」

「何でも言ってみろ、答えられることなら答えらあ」


 少し考えた後で右手を控えめに挙げたロトが、発言を促される。

 彼女は鍛え抜かれた肉体と老け顔を眺めながら、数秒の逡巡の後に口を開いた。


「あの、今の話、五年前なんですわよね?」

「ああ、そうだなあ」

「で、その時エルデとバウムは親に抱きかかえられていた、と」

「そうだ」

「あの頃はまだ小さかったからねえ、十のころだったかな」

「だな、バウムが十だから……おでがその二つ上の十二か」


 当時のことを思い出しつつ、エルデとバウムが語る。

 具体的な数字を出されたロトが固まり、何か不手際があったかとエルデが問う。


「どうした、なんかあったか?」

「えっ、え? その話が五年前で、今が十二と十……じゃあ十七と十五!? その見た目でですの!?」

「流石に失礼じゃねえかあ!?」

「面と向かって言われたの、初めてだねえ……」

ちなみにエルデとバウムの二人が年齢の割に成熟して見えるのは、種族としての特徴だったりします(おいおい出せるか分からないのでここで先出し)

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