3-3 一・四倍
【今回の見どころ】
「数字を言え。動力はお前の声だ」
深夜二時、資材置き場の空き地で始まった、オヤッサンによる過酷な“特訓”。
雨の日の配達でお馴染みの「ブースト」という名を冠した、鎧の出力強化システム。
一・一倍、一・二倍と、肉体と脳の限界を削りながら出力を上げていく一雄。
そして、現時点の限界天井である「一・四倍」を叫んだ瞬間、世界から音が消え――!?
「戦うな。逃げろ。届けりゃ勝ちだ」
オヤッサンの重い言葉を胸に、一雄は再び夜のデリバリーへとアクセルを開ける!
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
▼ ▼ ▼
『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【3-3 本文】
「モトショップ ウバ」の裏手に、砂利敷きの空き地がある。
隣の解体屋が使わなくなった資材置き場だ。街灯は一本きりで、フェンスの向こうは運河。水の音が、ずっと同じ調子で鳴っている。
午前二時だった。最後の配達を終えた一雄は、そのまま呼び出されてここに立っている。
「寝てないんですけど」
「寝てる暇があるか」
オヤッサンは作業椅子を砂利の上に引っ張り出して、そこに浅く腰かけていた。手には緑色のポット。店を開けて三週間しか経っていないのに、そのポットだけは塗装が剥げて、底のほうが焦げたように黒ずんでいる。紙コップにインスタントコーヒーを注いで、一雄に差し出した。
「昨日、あれを纏って逃げたな」
「逃げました。一・六キロ」
「よく走った。次は逃げ切れるとは限らん」
「……脅さないでくださいよ」
「あの鎧には、もう一つ機能がある」
一雄は紙コップを両手で持った。
「まだあるんですか」
「ブーストだ」
一雄は顔を上げた。
「……ブースト?」
「そうだ」
「それ、雨の日のやつじゃないですか」
オヤッサンは何も言わなかった。
「アプリのいちばん上に出るんですよ。今日は需要が高まっています、ブースト一・二倍。それに釣られてずぶ濡れで走るんです」
「名前なんざ、お前が体で知ってるもんから借りりゃいい」
オヤッサンはポットを砂利の上に置いた。
「数字を言え。言った通りに、全部が上がる。脚も、腕も、目の処理も、丸ごとだ」
「言うだけで?」
「動力がお前の声だ。喉から出せ」
一雄は紙コップを見た。湯気がもう立っていない。
「……じゃあ、いきなり四倍とか言ったら、四倍になるんですか」
「なる」
「なるんですか」
「なった奴がどうなるかは、教えん」
オヤッサンは一雄の顔を見た。
「度の合わねえ眼鏡、かけたことあるか」
「……ありますよ。安いとこで作って、度を上げすぎて。三日くらい頭が痛くて、肩まで来ました」
「見え過ぎたんだ。目はちゃんと見えてる。追いつかねえのは脳だ」
「……はい」
「ブーストも同じだ。体は動く。動くが、中身が追いつかん。慣れてねえ体で本番にやったら、勝つ前に自分で潰れる」
「だから、特訓ってことですか」
「慣らすんだ。今日から毎晩だ」
オヤッサンは顎で空き地の真ん中を指した。
「纏え」
一雄は息を吸った。左手首の固定具はもう外してある。それでも、力を入れると奥のほうが鈍く痛む。
「ピックアップ オン」
『声紋確認。フーデリオン・アーマー、装着します』
街灯の下でスクーターが割れ、浮いて、二秒で一雄に貼りついた。銀色。継ぎ目にシアンの線。視界の端に、見慣れた配達アプリみたいな枠が立ち上がる。
「フェンスまで走れ」
走った。四メートルの歩幅で三歩。フェンスに手をついて振り返る。息は上がっていない。
「今のが等倍だ。鎧の素のままだ」
「これで、等倍」
「そうだ。ここから上げる。一・一倍と言え」
「一・一って。誤差じゃないですか」
「言え」
一雄は前を向いた。
「……ブースト、一・一倍」
何も起きなかった。
「聞こえん」
「言いましたよ」
「鎧に聞こえてねえ」
一雄はもう一度、腹から出した。
「ブースト、一・一倍っ!!」
視界の枠に『ブースト 1.1倍』と出た。踏み込む。砂利がわずかに後ろへ飛んだ。フェンスまで、三歩が二歩半になった。
「……ほとんど変わらないですけど」
「もう一本」
もう一本走った。それをあと八本走らされた。
十本目でフェンスに手をついたとき、後頭部が重かった。首の付け根が張って、喉の奥に酸っぱいものが上がってきた。一雄はシールドの内側で口を押さえた。
「……気持ち悪い」
「それだ」
オヤッサンは椅子から動かない。
「一割だぞ。一割でそれだ。それが出なくなるまでやる」
それから毎晩、同じ空き地に呼ばれた。
三日目まで一・一倍だけを走らされた。吐き気が出なくなったのは四日目の途中で、その日にはじめて一・二倍を許された。一・二倍では、止まれずに金網に肩からぶつかって派手な音を立てた。
「うるせえぞ。近所迷惑だ」
「オヤッサンが走らせたんでしょ!!」
一・三倍は、耳の裏に圧がかかった。走り終えたあと、肩が石みたいに固まって、翌日の配達でハンドルを握る手が震えた。それでもオヤッサンは一・三倍を六晩やらせた。震えが止まった晩に、はじめて数字を上げた。
「一・四だ」
「え」
「一・四だ。言え」
一雄は一度、フェンスの向こうの黒い水を見た。それから叫んだ。
「ブースト!! 一・四倍っ!!!」
音が消えた。
正確には、音だけが遅れて追いついてきた。空き地の端から端、二十メートル近くを、一雄は自分で制御できないまま渡り切っていた。壁がない場所だったのが幸いだった。膝から崩れて、砂利に手をついた。
鼻の奥が熱い。シールドの内側に、赤い点が二つ落ちた。
「……鼻血」
「そこが今のお前の天井だ」
オヤッサンはやっと椅子から立ち上がった。七十九歳の膝が鳴った。
「一・四倍。慣らしても、今のお前の血管はここまでだ。いいか、覚えろ。一・四だ」
一雄は手の甲で鼻をこすろうとして、シールドに当たった。装甲は指先だけ出ている。血は指のほうに垂れていた。
「じゃあ、二倍は」
オヤッサンは答えなかった。
「出せるんですよね。数字を言えばいいんだから、二倍も三倍も言えるはずでしょう」
「言えるな」
「じゃあ」
「一・四で足りる」
「なんで足りるって分かるんですか」
「回収員は下っ端だ」
オヤッサンは砂利を蹴った。
「命令されて、放られただけの人間だ。断りゃ自分がキャンセルされる側の人間だ。あんなもんに二倍は要らん」
一雄は、血のついた指を見たまま言った。
「……下っ端って事は、上がいるんですよね」
運河の水の音が、また同じ調子で鳴っていた。オヤッサンは紙コップの底を見ていて、一雄のほうを見なかった。
「なんで教えないんですか。二倍」
「覚えたら、使うからだ」
それだけだった。
「それと、勘違いすんな。お前は強くなったんじゃねえ」
「今、二十メートル飛びましたけど」
「走っただけだ」
オヤッサンはフェンスの向こうの、街のほうを指した。
「あの日お前が助かったのは、鎧のおかげじゃねえ。裏道を知ってたからだ。クリーニング屋と自販機の間、あの幅を通れるって知ってたのは、お前だけだろ」
「……はい」
「配達員が勝つ必要はねえんだ。届けりゃ勝ちだ」
一雄は黙った。
「戦うな。逃げろ。走れ。それでも追いつかれたときにだけ、一・四を出せ」
『ドロップ オフ』
装甲が離れて、スクーターに戻った。四月の深夜の風が、汗をかいたTシャツに直接当たる。一雄は思い出して、口を開いた。
「オヤッサン」
「なんだ」
「結局まだ聞いてないんですけど。なんで俺の声なんですか」
オヤッサンは緑色のポットを持ち上げて、店のほうへ歩き出した。
「コーヒー、毎晩冷ましてから飲むな。もったいねえ」
「聞いてます?」
「シャッター閉めるぞ。帰れ」
鉄のシャッターが下りる音が、運河に響いて返ってきた。
帰り道、信号待ちで、一雄は誰もいない交差点に向かって小さく言ってみた。
「ブースト、一・四倍」
何も起きなかった。
ポケットのスマホが震えた。深夜二時四十分。注文が入っている。青いアイコンのほうだ。画面の下のほうには、まだ未読のままのメッセージが残っていた。
【重要】専属パートナー契約のご案内(回答期限:4月30日)
一雄はアクセルを開けた。
【3-4へ続く】
第9話をお読みいただきありがとうございました!
明日の同じ時間に、第10話「3-4 再配達」を投稿予定です。お楽しみに!
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【主題歌のお知らせ!!】
作者が作詞しAI(Suno)と制作した主題歌
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