↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/25

3-3 一・四倍

挿絵(By みてみん)


【今回の見どころ】


「数字を言え。動力はお前の声だ」

深夜二時、資材置き場の空き地で始まった、オヤッサンによる過酷な“特訓”。

雨の日の配達でお馴染みの「ブースト」という名を冠した、鎧の出力強化システム。

一・一倍、一・二倍と、肉体と脳の限界を削りながら出力を上げていく一雄。

そして、現時点の限界天井である「一・四倍」を叫んだ瞬間、世界から音が消え――!?

「戦うな。逃げろ。届けりゃ勝ちだ」

オヤッサンの重い言葉を胸に、一雄は再び夜のデリバリーへとアクセルを開ける!



【作品紹介】


本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。


本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。



【2作連動の仕掛け】


オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?


そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線

     ▼ ▼ ▼

『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』

     ▲ ▲ ▲

と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。



【主題歌】

YouTube・noteにて順次公開!

①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」


作者が作詞しました。

ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!


(リンクは後書きの下にあります)


【3-3 本文】



 「モトショップ ウバ」の裏手に、砂利敷きの空き地がある。


 隣の解体屋が使わなくなった資材置き場だ。街灯は一本きりで、フェンスの向こうは運河。水の音が、ずっと同じ調子で鳴っている。


 午前二時だった。最後の配達を終えた一雄は、そのまま呼び出されてここに立っている。


「寝てないんですけど」


「寝てる暇があるか」


 オヤッサンは作業椅子を砂利の上に引っ張り出して、そこに浅く腰かけていた。手には緑色のポット。店を開けて三週間しか経っていないのに、そのポットだけは塗装が剥げて、底のほうが焦げたように黒ずんでいる。紙コップにインスタントコーヒーを注いで、一雄に差し出した。


「昨日、あれを纏って逃げたな」


「逃げました。一・六キロ」


「よく走った。次は逃げ切れるとは限らん」


「……脅さないでくださいよ」


「あの鎧には、もう一つ機能がある」


 一雄は紙コップを両手で持った。


「まだあるんですか」


「ブーストだ」


 一雄は顔を上げた。


「……ブースト?」


「そうだ」


「それ、雨の日のやつじゃないですか」


 オヤッサンは何も言わなかった。


「アプリのいちばん上に出るんですよ。今日は需要が高まっています、ブースト一・二倍。それに釣られてずぶ濡れで走るんです」


「名前なんざ、お前が体で知ってるもんから借りりゃいい」


 オヤッサンはポットを砂利の上に置いた。


「数字を言え。言った通りに、全部が上がる。脚も、腕も、目の処理も、丸ごとだ」


「言うだけで?」


「動力がお前の声だ。喉から出せ」


 一雄は紙コップを見た。湯気がもう立っていない。


「……じゃあ、いきなり四倍とか言ったら、四倍になるんですか」


「なる」


「なるんですか」


「なった奴がどうなるかは、教えん」


 オヤッサンは一雄の顔を見た。


「度の合わねえ眼鏡、かけたことあるか」


「……ありますよ。安いとこで作って、度を上げすぎて。三日くらい頭が痛くて、肩まで来ました」


「見え過ぎたんだ。目はちゃんと見えてる。追いつかねえのは脳だ」


「……はい」


「ブーストも同じだ。体は動く。動くが、中身が追いつかん。慣れてねえ体で本番にやったら、勝つ前に自分で潰れる」


「だから、特訓ってことですか」


「慣らすんだ。今日から毎晩だ」


 オヤッサンは顎で空き地の真ん中を指した。


「纏え」


 一雄は息を吸った。左手首の固定具はもう外してある。それでも、力を入れると奥のほうが鈍く痛む。


「ピックアップ オン」


 『声紋確認。フーデリオン・アーマー、装着します』


 街灯の下でスクーターが割れ、浮いて、二秒で一雄に貼りついた。銀色。継ぎ目にシアンの線。視界の端に、見慣れた配達アプリみたいな枠が立ち上がる。


「フェンスまで走れ」


 走った。四メートルの歩幅で三歩。フェンスに手をついて振り返る。息は上がっていない。


「今のが等倍だ。鎧の素のままだ」


「これで、等倍」


「そうだ。ここから上げる。一・一倍と言え」


「一・一って。誤差じゃないですか」


「言え」


 一雄は前を向いた。


「……ブースト、一・一倍」


 何も起きなかった。


「聞こえん」


「言いましたよ」


「鎧に聞こえてねえ」


 一雄はもう一度、腹から出した。


「ブースト、一・一倍っ!!」


 視界の枠に『ブースト 1.1倍』と出た。踏み込む。砂利がわずかに後ろへ飛んだ。フェンスまで、三歩が二歩半になった。


「……ほとんど変わらないですけど」


「もう一本」


 もう一本走った。それをあと八本走らされた。


 十本目でフェンスに手をついたとき、後頭部が重かった。首の付け根が張って、喉の奥に酸っぱいものが上がってきた。一雄はシールドの内側で口を押さえた。


「……気持ち悪い」


「それだ」


 オヤッサンは椅子から動かない。


「一割だぞ。一割でそれだ。それが出なくなるまでやる」


 それから毎晩、同じ空き地に呼ばれた。


 三日目まで一・一倍だけを走らされた。吐き気が出なくなったのは四日目の途中で、その日にはじめて一・二倍を許された。一・二倍では、止まれずに金網に肩からぶつかって派手な音を立てた。


「うるせえぞ。近所迷惑だ」


「オヤッサンが走らせたんでしょ!!」


 一・三倍は、耳の裏に圧がかかった。走り終えたあと、肩が石みたいに固まって、翌日の配達でハンドルを握る手が震えた。それでもオヤッサンは一・三倍を六晩やらせた。震えが止まった晩に、はじめて数字を上げた。


「一・四だ」


「え」


「一・四だ。言え」


 一雄は一度、フェンスの向こうの黒い水を見た。それから叫んだ。


「ブースト!! 一・四倍っ!!!」


 音が消えた。


 正確には、音だけが遅れて追いついてきた。空き地の端から端、二十メートル近くを、一雄は自分で制御できないまま渡り切っていた。壁がない場所だったのが幸いだった。膝から崩れて、砂利に手をついた。


 鼻の奥が熱い。シールドの内側に、赤い点が二つ落ちた。


挿絵(By みてみん)


「……鼻血」


「そこが今のお前の天井だ」


 オヤッサンはやっと椅子から立ち上がった。七十九歳の膝が鳴った。


「一・四倍。慣らしても、今のお前の血管はここまでだ。いいか、覚えろ。一・四だ」


 一雄は手の甲で鼻をこすろうとして、シールドに当たった。装甲は指先だけ出ている。血は指のほうに垂れていた。


「じゃあ、二倍は」


 オヤッサンは答えなかった。


「出せるんですよね。数字を言えばいいんだから、二倍も三倍も言えるはずでしょう」


「言えるな」


「じゃあ」


「一・四で足りる」


「なんで足りるって分かるんですか」


「回収員は下っ端だ」


 オヤッサンは砂利を蹴った。


「命令されて、放られただけの人間だ。断りゃ自分がキャンセルされる側の人間だ。あんなもんに二倍は要らん」


 一雄は、血のついた指を見たまま言った。


「……下っ端って事は、上がいるんですよね」


 運河の水の音が、また同じ調子で鳴っていた。オヤッサンは紙コップの底を見ていて、一雄のほうを見なかった。


「なんで教えないんですか。二倍」


「覚えたら、使うからだ」


 それだけだった。


「それと、勘違いすんな。お前は強くなったんじゃねえ」


「今、二十メートル飛びましたけど」


「走っただけだ」


 オヤッサンはフェンスの向こうの、街のほうを指した。


「あの日お前が助かったのは、鎧のおかげじゃねえ。裏道を知ってたからだ。クリーニング屋と自販機の間、あの幅を通れるって知ってたのは、お前だけだろ」


「……はい」


「配達員が勝つ必要はねえんだ。届けりゃ勝ちだ」


 一雄は黙った。


「戦うな。逃げろ。走れ。それでも追いつかれたときにだけ、一・四を出せ」


 『ドロップ オフ』


 装甲が離れて、スクーターに戻った。四月の深夜の風が、汗をかいたTシャツに直接当たる。一雄は思い出して、口を開いた。


「オヤッサン」


「なんだ」


「結局まだ聞いてないんですけど。なんで俺の声なんですか」


 オヤッサンは緑色のポットを持ち上げて、店のほうへ歩き出した。


「コーヒー、毎晩冷ましてから飲むな。もったいねえ」


「聞いてます?」


「シャッター閉めるぞ。帰れ」


 鉄のシャッターが下りる音が、運河に響いて返ってきた。


 帰り道、信号待ちで、一雄は誰もいない交差点に向かって小さく言ってみた。


「ブースト、一・四倍」


 何も起きなかった。


 ポケットのスマホが震えた。深夜二時四十分。注文が入っている。青いアイコンのほうだ。画面の下のほうには、まだ未読のままのメッセージが残っていた。


 【重要】専属パートナー契約のご案内(回答期限:4月30日)


 一雄はアクセルを開けた。



【3-4へ続く】

第9話をお読みいただきありがとうございました!

明日の同じ時間に、第10話「3-4 再配達」を投稿予定です。お楽しみに!


少しでも面白いと思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】でのポイント応援や、ブックマーク登録をぜひよろしくお願いいたします!


【主題歌のお知らせ!!】

作者が作詞しAI(Suno)と制作した主題歌

『紡ぐ意思〜フーデリオン〜』YouTube・noteで公開中!


アプリから閲覧している方はお手数ですが

YouTube・noteから「なおパパ」で検索をお願いします!!


▼▼▼このアイコンが目印▼▼▼

挿絵(By みてみん)


サイトから閲覧している方は

▼▼もっと下に楽曲・noteリンクがあるよ▼▼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。