3-4 再配達
【今回の見どころ】
「……泳がせるか」
はるか未来から一雄(iti)を追い、異なる時代へ回収員を放ってきた“真の刺客”が、ついに二〇二六年の街を上空から見下ろす――。
そんな脅威が迫る中、深夜の団地で再び一雄の前に現れた黒い襲撃者!
住人の安全を守るため、一雄は団地を飛び出し、川沿いの抜け道へと敵を誘い出す。
毎晩の過酷な特訓で培った限界天井「ブースト一・四倍」のカウンターが今、闇夜に炸裂する!
しかし、敗れた敵が残した「消されたら、次が来る」という言葉、そして屋上から一雄を観察する男の不敵な笑みが、さらなる絶望の連鎖を予感させ――!?
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
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『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【3-4 本文】
マンションの屋上に、男が立っていた。
十五階建ての給水塔の脇。風が強い。男の右腕の肘から先が、風に鳴っていた。布ではない音だった。
眼下に街がある。コンビニの白。自販機の白。信号の赤と青。そのどれでもない光が、二十四時間動き続けている。配達員のヘッドライトだ。
男は目を細めた。瞳の奥で、何かが一度だけ絞られる音がした。
端末は必要ない。数字は眼球の裏に直接流れてくる。
回収員を十九人、撒いた。一九九八年、二〇一〇年、二〇三三年。一人ずつ、別の年に落とした。歌がいつ生まれたのか、記録が残っていないからだ。
二〇二六年を引いた一人から、報告が上がった。iti を発見。回収は失敗。理由は、銀色の鎧。
報告を読んだ時点で、男はこの年を指定した。
あの老いぼれが、どこへ、いつ落ちたのかは分からない。使い方も知らんまま飛び込んだ男だ。だが鎧が出たなら、同じ時代にいる。
男は街の一点を見下ろした。そこだけ、他より速く動いている光がある。
今夜のうちに回収することもできた。あの程度の相手なら、三分もかからない。
だが、それをやれば老いぼれは隠れる。四十年追って、ようやく同じ時代に立っている。
「……泳がせるか」
男が声に出したのは、それだけだった。
※
午後十時四十分。
一雄は、ラーメン屋の前でバッグを開けた。豚骨大盛り、替え玉付き、餃子一人前。スープが別容器になっているタイプだ。横にすれば終わる。
配達先は、川沿いの古い団地だった。三号棟の四階。エレベーターがない。
アプリの地図に青い線が引かれた。距離一・九キロ。到着予定、午後十時五十四分。
一雄はスクーターに跨った。ヘルメットを被って、顎紐を締める。
耳元で、小さく接続音がした。
『今夜は冷えるな』
「オヤッサン、毎回それ心臓に悪いんですけど」
ヘルメットの左耳に、親指の先ほどのスピーカーが貼ってある。マイクは顎の内側。バイクのスピーカーと繋いである。十日の修理の間に、オヤッサンが勝手に付けたものだ。
『無駄口叩くな。数字は』
「一・九キロです」
『気をつけて行け』
走り出して八分で、団地の前に着いた。外灯が二本切れている。自転車置き場の屋根が半分落ちていて、そこだけ月が入っていた。
一雄はバッグを抱えて階段を上がった。四階まで来ると、さすがに息が上がる。七十六キロは、階段では不利だ。
四〇二号室。インターホンを押した。
中から足音がして、鍵が回った。出てきたのは、七十を超えているだろう女性だった。寝間着の上にカーディガンを羽織っている。
「あら、ごめんなさいね。こんな遅くに」
「いえ。お待たせしました」
一雄は袋を渡した。
「孫が来ててね。ラーメンしか食べないのよ」
「育ち盛りですね」
女性が笑って、ドアを閉めようとしたとき。
階段の踊り場が、鳴った。
金属が、金属を叩く音。一段ずつ。ゆっくり上がってくる。
一雄は振り返った。
黒い。全身が黒い。顔の部分だけが、のっぺりした黒いシールドになっている。手に、短い棒。それが伸びて、もう一本と繋がって、二メートルを超えた。
先端が、一雄のいる階へ向いた。
「……iti」
一雄の後ろで、ドアが開いたままになっている。
「おばあちゃん、閉めて」
「え」
「閉めてください!!」
ドアが閉まった。鍵のかかる音がした。
一雄は階段と反対側へ走った。廊下の端。非常階段がある。十年やっていれば、団地の造りは覚えている。四階の廊下は行き止まりに見えて、必ず裏に降り口がある。
背中で、風が切れた。槍の先が、たった今まで一雄がいた場所の壁を削った。
非常階段に飛び込んで、三段飛ばしで降りた。二階の踊り場で足を踏み外して、肩から壁にぶつかった。痛みで息が止まる。それでも降りた。
上で、金属の音がしている。追ってきている。
駐輪場に出た。スクーターはそこにある。
「ピックアップ オン!!」
『声紋確認。フーデリオン・アーマー、装着します』
二秒。
銀色が貼りついたのと、非常階段の出口から黒いのが飛び出してきたのが、ほとんど同時だった。
槍が来た。一雄は背中の保温バッグを引き抜いて、受けた。腕が痺れた。盾ごと押されて、自転車の列に突っ込んだ。
『一雄!! 走れ!! 戦うな!!』
耳元から聞こえている。鎧になっても、ヘルメットだけは自分のままだった。
「分かってます!!」
分かっている。問題は、どっちへ走るかだ。
一雄は四階を見上げた。四〇二号室の窓に、明かりがついている。駐輪場はその真下だ。
団地の出口は、三号棟の正面。そっちへ走れば、一号棟と二号棟の間を抜けることになる。どっちの棟にも、窓の明かりがいくつも灯っている。
反対側は、川だ。
一雄は盾を構え直した。
「こっちです」
黒い影が、槍を引き戻した。
「あんた、逃げないのか」
「逃げますよ。付いてきてください」
一雄は走り出した。棟と棟の間を避けて、フェンスの切れ目へ。十年やっていれば、この団地から川沿いの道へ抜ける抜け道も知っている。住人が勝手に広げた、人ひとり分の隙間だ。
後ろから足音が来る。来ている。来させている。
川沿いの道に出た。街灯が一本きり。両側に建物がない。
ここだ。
一雄は立ち止まって、振り返った。
槍の穂先が、街灯の下で光った。
「……あんた、変だよ」
「よく言われます」
「俺はあんたを連れて帰るだけだ。他の誰にも触らない。約束する」
「約束って」
「俺は、約束は守る」
槍が来た。
一雄は喉を開いた。
「ブースト!! 一・四倍っ!!!」
『ブースト 1.4倍』
世界が、ずれた。
槍はもう、止まって見えた。一雄は半歩だけ横に出て、柄を脇に挟み込んだ。黒い影の体が、慣性で前に泳ぐ。
一雄は、そのまま前に出た。
肩から入った。相手の胸に。人を殴ったことなどない三十八歳の肩が、一・四倍で入った。
音がして、黒い体が三メートル飛んで、ガードレールに当たって止まった。
槍が転がった。
一雄の膝が落ちた。目の奥が熱い。シールドの内側に、血が二滴。
「……っ、は」
「……は、はは」
ガードレールの下で、黒い影が笑っていた。
「すげえな。聞いてたのと違う。あんた、何もできない一般人って聞いてたんだけど」
一雄は立てなかった。
「……帰ってくださいよ」
「帰れないよ」
黒い影は起き上がらなかった。空を見ていた。
「あんたを連れて帰れなかったら、俺が無駄になる。無駄になったら、キャンセルだ」
「キャンセル」
「注文がさ、消えるんだよ。注文が消えたら、注文した人間も要らなくなるだろ」
一雄は何も言えなかった。
「俺が消えたら、次が来る。その次も消えたら、また次だ。だから、諦めてくれよ」
黒い影は、ゆっくり立ち上がった。
そして、槍を拾わずに、川のほうへ歩いていった。暗がりに入って、見えなくなった。
足音だけが、しばらく続いて、消えた。
※
『ドロップ オフ』
装甲が離れた。一雄はガードレールに腰を預けて、鼻を押さえていた。血は止まっていた。
シールドの上がったヘルメットの中で、声がした。
『生きてるか』
「……生きてます」
『よし』
「オヤッサン」
『なんだ』
「あいつ、俺と同じこと言ってました」
『なんだと』
「注文が消えるって。あれ、こっちの言葉ですよね。キャンセルくらった時の」
スピーカーは、しばらく黙っていた。
『……帰ってこい』
一雄はスマホを見た。
画面に、配達完了の通知が出ていた。四〇二号室。置き配ではない。手渡し。二十二時五十二分。予定より二分早い。
評価の星が、五つ付いていた。
『いつもありがとう。あたたかかったです』
一雄は、それをしばらく見ていた。
その下に、未読のメッセージがある。
【重要】専属パートナー契約のご案内(回答期限:4月30日)
四月二十二日だった。
※
マンションの屋上で、男は川沿いの道を見下ろしていた。
目の奥の倍率が、一段上がる。映像が巻き戻され、鎧の手元が拡大された。
人差し指と親指に、装甲がない。
男は、しばらく動かなかった。
「……スマホを、触るためか」
喉からではない音で、男は笑った。
「相変わらず、くだらん男だ」
【3-5へ続く】
第10話をお読みいただきありがとうございました!
明日の同じ時間に、第11話「3-5 下っ端」を投稿予定です。お楽しみに!
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【主題歌のお知らせ!!】
作者が作詞しAI(Suno)と制作した主題歌
『紡ぐ意思〜フーデリオン〜』YouTube・noteで公開中!
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