3-5 下っ端
【今回の見どころ】
「あいつらは、仕事に来てる」
増え続ける未来からの回収員。そんな中、雨の商店街で一雄の前に現れたのは、ユーパーイーツの地域担当の若者・笹本だった。
専属契約のノルマと自らの評価に追われながらも、一雄の歌を聴き「新曲、待ってます」と傘の肩を濡らす若者。
未来のディトピアの刺客も、現代の会社員も、そして一雄自身も、誰もが数字に縛られた“下っ端”であるという残酷な真実。
「下っ端が下っ端を潰す仕組みだから、誰も止められなかった」
オヤッサンの重い言葉を背中に浴びながら、一雄はスマホの画面に表示された「専属契約・辞退ボタン」へと指を伸ばし――。
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
▼ ▼ ▼
『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【3-5 本文】
四月二十四日。午後七時。
ピークの時間だった。アプリが鳴り止まない。一雄は三件まとめて受けて、駅前の商業ビルを回っていた。
『後ろだ』
ヘルメットの中で声がした。
「どこですか」
『信号の向こう。自販機の横』
一雄は振り返らなかった。サイドミラーに映った。黒い。
「……三人目ですか」
『走れ』
走った。商店街のアーケードに入って、途中の路地へ曲がって、クリーニング屋と自販機の間を抜けた。二度目の抜け道だ。出たところで、もう足音はなかった。
バッグの中の三件は、全部予定時刻内に届いた。
その夜、空き地でオヤッサンに報告した。
「逃げました。戦ってません」
「それでいい」
オヤッサンは椅子に浅く腰かけて、緑色のポットから紙コップに注いでいた。
「ひとつ聞いていいですか」
「なんだ」
「なんで分かるんですか。俺の後ろにいるって」
「見てるからだ」
「どこから」
「店からだ」
オヤッサンは顎で店のほうを指した。奥の部屋の、壁一面のモニターのことだ。
「お前のスマホの位置が常に出てる。その座標に、上からの映像を重ねてる」
「上って」
「衛星だ」
一雄は紙コップを持ったまま、しばらく黙った。
「……それ、普通に見れるもんなんですか」
「見れん。鍵がかかってる」
オヤッサンは紙コップを置いた。
「機械は今の時代のもんだ。受信機も、基板も、全部この時代で買える。奥の部屋のモニターもだ。中身だけ入れ替えてある」
「中身って」
「解読のプログラムだ。鍵をこじ開けるやつだ」
「それ、オヤッサンが作ったんですか」
「作れるか」
オヤッサンは鼻で笑った。
「俺はメカニックだ。組んだだけだ」
「じゃあ誰が」
「組織のやつらだ」
オヤッサンは、運河のほうを見た。
「向こうじゃ、衛星もカメラも全部あいつらの管理下だ。こっちは見られる一方でな。それをこじ開けるのが、十年、仕事のうちの一つだった」
「十年」
「組んで、壊れて、また組む。俺はその横でずっと直してた」
オヤッサンは、紙コップのふちを指で弾いた。
「作れねえやつでも、十年横で見てりゃ、手順は覚える」
一雄は、自分のポケットのスマホを見た。
「……見られてるの、気持ち悪いですね」
「だろうな」
「いや、オヤッサンがってわけじゃなくて」
一雄は、画面を点けた。地図が出ている。青い点が自分だ。
十年、これを見ながら走ってきた。向こうからも同じものが見えているのは知っていたし、知っていて何とも思わなかった。遅れれば星が減るのだから、見られていて当たり前だった。
「……ずっと見られてたんだな、俺」
オヤッサンは何も言わなかった。
四月二十六日。
四人目が出た。
河川敷のサイクリングロードで、前から来た。後ろからも来た。二人だった。
「オヤッサン、二人です」
『……数が増えたか』
「どっちに逃げれば」
『土手を上がれ。上は道だ。人がいる』
「人がいるとこに行くんですか」
『行け。あいつらは人前では出てこん』
一雄は土手を駆け上がった。装甲のままだった。
上の道には、信号待ちの車が三台と、犬を連れた人がいた。犬が吠えた。
後ろを見た。二人は土手の斜面で止まっていた。黒い頭がこちらを見上げて、それから、下がった。
「……下がりました」
『だろうな』
「なんで出てこないんですか」
『記録が残るからだ』
一雄は、犬を連れた人に会釈して、スクーターのほうへ歩いた。
『人に見られりゃ、騒ぎになる。騒ぎになりゃ、オプトの記録に穴が空く。あいつらはそれが一番怖い』
「怖いって。あの人たち、俺を殺しに来てるんですよ」
『殺しに来てるんじゃねえ。連れて帰りに来てるんだ』
「同じでしょう」
『違う』
オヤッサンは、そこで一度切った。
『あいつらは、仕事に来てる』
四月二十八日。
雨だった。アプリの上に出た。
今日は需要が高まっています。ブースト一・二倍。
一雄は、その表示を少し長く見た。
雨の日は稼げる。十年、そうやってきた。合羽の中が蒸れて、ブレーキが効かなくなって、それでも走ると、一日の売上が平日の倍になる。
二件目の配達先が、商店街の外れの小さなスナックだった。渡して、戻って、スクーターに跨ったところで、傘の下から声がした。
「宇場さん」
一雄は動かなかった。
若い男だった。白いシャツ。黒い傘。二十代半ばくらい。胸に社員証らしいものが下がっている。
「すいません、驚かせて。ユーパーイーツの地域担当で、笹本といいます」
一雄は、ヘルメットのシールドを上げた。
「……ああ。メールの」
「そうです。何度かご連絡させていただいて」
笹本は、傘を一雄のほうへ少し傾けた。自分の肩が濡れていた。
「回答期限が明後日なので、直接伺ったほうがいいかなと」
「わざわざ、ですか」
「宇場さん、この地域でいちばん評価が高いんですよ。星の平均が四・九で、十年やってる方で、キャンセル率がほぼゼロ。本部でも名前が挙がってます」
一雄は黙っていた。
「時給保証千八百円です。車両も貸し出します。保険もこちらで半分見ます。正直、悪い話ではないと思うんです」
「第八条が」
「副業の届出と、SNSの事前承認ですね」
笹本は、少し言いにくそうにした。
「音楽、されてるんですよね」
一雄は顔を上げた。
「調べたんですか」
「いえ。プロフィールに書いてあったので」
雨が、傘を叩いている。
「あの、個人的な意見でいいですか」
笹本は、一雄のほうを見ていなかった。濡れたアスファルトを見ていた。
「宇場さんの曲、業務で見つけたんですけど、聴かせていただきました」
一雄は、何も言えなかった。
「四百八十回のうちの、一回は僕です」
「……どうも」
「正直に言うと、僕のほうにも数字があるんです。この四月中に何件、専属にできたか。できなかったら、来月の僕の評価が落ちます」
笹本は、そこで顔を上げた。
「だから最初は、どう言えば頷いてもらえるかだけ考えて来ました」
一雄は、傘の下の肩が濡れているのを見た。
「でも、聴いたので」
「……はい」
「第八条の承認、僕が書類を作ります。通るように書きます。それでも駄目だったら、僕が何度でも出し直します」
雨が、傘を叩いている。
「……笹本さん」
「はい」
「断ったら、どうなりますか」
「僕の評価が落ちます」
「いや、俺のほうは」
「宇場さんは何も変わりません。今までと同じです」
笹本は、はっきり言った。
「ただ、来年はどうなるか分かりません。他の二社が、いつまであるか分からないので」
一雄は、ポケットのスマホを出した。濡れないように手で覆った。
ホーム画面に、配達アプリが三つ並んでいる。いちばん上が青。残り二つは、下に並べてある。
「ありがとうございます。明後日までに返します」
「はい。お待ちしてます」
笹本は会釈して、傘を持ち上げた。そして、少し迷ってから言った。
「あの。新曲、出ないんですか」
「……作ってます」
「待ってます」
笹本は商店街の方へ歩いていった。傘の持ち手が、右から左に持ち替わった。濡れていた側を乾かすためだ。
一雄は、しばらくそこに座っていた。
その夜。
「オヤッサン」
「なんだ」
「回収員って、断ったらキャンセルされるんですよね」
「そうだ」
「じゃあ、あれ、仕事なんですよね」
オヤッサンは、紙コップを置いた。
「そう言ったろ」
一雄は、自分の手のひらを見た。四日前、一・四倍で人の胸に入った肩が、まだ少し痛む。
「今日、ユーパーイーツの人が来ました」
「ほう」
「若い人でした。傘さして、肩が濡れてて。数字が足りないって言ってました」
オヤッサンは何も言わなかった。
「俺の曲、聴いたって言われました。四百八十回のうちの一回だって」
風が吹いた。運河の水が、同じ調子で鳴っている。
「オヤッサン。あの人も、下っ端ですか」
「……」
「黒いタイツの人も、あの人も、俺も、全部下っ端なんじゃないですか」
オヤッサンは、しばらく運河のほうを見ていた。
それから、紙コップの底を見ながら言った。
「お前は、いい事を言う」
「褒めてます?」
「いや」
オヤッサンは立ち上がった。七十九歳の膝が鳴った。
「下っ端が下っ端を潰す仕組みだから、誰も悪者にならねえんだ。だから四十年、誰も止められなかった」
一雄は、オヤッサンの背中を見た。
「それ、未来の話ですか」
「どっちもだ」
オヤッサンは、緑色のポットを持ち上げて店のほうへ歩き出した。
「明日も走るぞ。一・四だ」
「オヤッサン」
「なんだ」
「専属、断ります」
オヤッサンは止まらなかった。背中を向けたまま、片手を上げただけだった。
シャッターが下りた。
一雄は、スマホを出した。四月二十八日、二十三時四十分。
未読のメッセージを開いた。
【重要】専属パートナー契約のご案内(回答期限:4月30日)
本文の下に、辞退のボタンがある。
一雄は、指を置いた。装甲の指先には、何もついていない。今はただの指だ。
押さなかった。
明後日まで、まだ二日ある。
【第三章 〜完〜】
【4-1へ続く】
第11話をお読みいただきありがとうございました!
明日の同じ時間に、第12話 第四章突入「4-1 新規と垢BAN 」を投稿予定です。お楽しみに!
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