3-2 力は分散させろ
【今回の見どころ】
「何が終わるんですか」「全部だ」
かつてない激昂を見せる一雄に対し、静かに頭を下げ、驚愕の未来の真実を語り出すオヤッサン。
人間を殺すのではなく、ただの注文ミスのように存在を“キャンセル”する恐怖のAIシステム「OPT」。
そして、未来で誰にも知られず口づてに歌い継がれている「iti」の歌の奇跡――。
敵の次なる襲撃に備え、オヤッサンが一雄に告げた最大の警告「力は、分散させろ」という本題が、一雄のスマホの中の“ある決断”へと繋がっていく。
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
▼ ▼ ▼
『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【3-2 本文】
「座れ」
「座りません」
一雄は、立っていた。錆びたフレームを両手で抱えたまま、立っていた。
「一雄」
「座りませんよ!!」
声が出た。自分でも驚くほど大きな声だった。
一雄は、人に怒鳴ったことがない。十年、頭を下げて生きてきた。遅れてすみません、こぼれててすみません、鳴らしてすみません。すみませんで一日が終わる仕事だ。
だから、自分の喉からこんな音が出ることを知らなかった。
「なんですかさっきから。座れ、あとだ、今はいい。ふざけないでください」
「……」
「俺、死にかけたんですよ」
一雄は、フレームを床に置いた。かん、と乾いた音がした。
「あの、黒いタイツの、変態みたいなやつに、棒で殴られて。首にこう、押し当てられて。壊すなって言われたんだった、とか言われて。意味分かります? 壊すなって。俺、モノですか」
「一雄」
「それで走って、一・六キロ走って、着いたら鎧が脱げなくてクイズやらされて、奥に部屋があって、二〇五三年の地図が出てて」
「……」
「何なんですか、これ、全部!!」
一雄は、息を切らしていた。
「教えてくださいよ。オヤッサン、全部知ってるんでしょう。知ってて俺に乗せたんでしょう、あのバイクに!そしてあの鎧に!」
オヤッサンは、椅子に浅く腰かけたまま、動かなかった。
一雄を見ていた。真正面から、まばたきもせずに。
それから、ゆっくり立ち上がった。
膝が鳴った。七十九歳の膝だった。
そして、頭を下げた。
「すまん」
一雄は、言葉を失った。
この人が頭を下げるところを、見たことがなかった。値切っても下げない。客が怒鳴っても下げない。工賃をまけろと言った男を、無言で店から追い出した人だった。
「……やめてくださいよ」
「全部話す」
オヤッサンは、頭を下げたまま言った。
「隠しとったことも、黙っとったことも、全部話す。そのうえで、お前に信じてもらわんといかん。信じてもらえんかったら、終わりだ」
「何が終わるんですか」
「全部だ」
顔を上げた。
「だから座れ。長くなる」
一雄は、座った。
座ってから、自分がまだ怒っていることに気づいた。怒りは消えていなかった。ただ、置き場所ができただけだった。
*
「声紋は、十日前だ」
オヤッサンは、そこから始めた。
「修理の上がった日、店の前で言わせただろう。ピックアップ オンって」
一雄の腹の奥が、冷たくなった。
近所迷惑だと思いながら言った。小さくてもいい、ちゃんとお前の声で言え、と言われて。
「あれ」
「あれだ。録った」
「勝手に!?」
「勝手にだ。怒れ。怒っていい」
「怒ってますよ」
「そうだな」
オヤッサンは、否定しなかった。それがかえって効いた。
「あれがなかったら、お前は今日死んどった。それでも、勝手にやったことに変わりはない。すまん」
「……なんで先に言わないんですか」
「言って、信じたか」
一雄は、黙った。
言われたら、間違いなく愛想笑いをして帰っている。そしてまた来月、オイル交換に来ていた。
「あの鎧は、お前の声でしか動かん」
オヤッサンは続けた。
「他の誰が同じ言葉を叫んでも、一ミリも動かん。だからお前に渡した。お前しか使えんからだ」
「なんで俺の声なんですか」
「それは、あとで話す」
「また!!」
「順番がある」
オヤッサンは、初めて少しだけ声を強くした。
「今からの話は、途中から聞いたら全部嘘に聞こえる。頭から話させろ」
*
「今日のあの黒尽くめの男は、回収員という」
「かい、しゅう」
「荷物を回収するのと同じ意味だ。お前を持って帰りに来た」
「持って帰るって、どこにですか」
「二〇五七年だ」
一雄は、笑った。笑ったというより、口から息が漏れた。
「……何ですかそれ」
「壁を見ろ」
モニターに、地図が映っている。川がある。線路がある。知っている形だ。だが商店街のあった場所に、灰色の四角があった。
「それ、CGとかじゃないんですか」
「そう思いたければ、思え。だが、あの男が持ってきた棒は見ただろう」
一雄は、見ていた。金属の棒が、しゃっ、と伸びた。尻を合わせて噛み合って、二メートルを超える槍になった。あんなものは、売っていない。
「……あの男は、未来から来たってことですか」
「そうだ」
「なんで俺を」
「お前の喉を、持って帰るためだ」
*
「さっきも言ったが、オプトだ」
オヤッサンは、喉の輪を指で叩いた。かつん。
「配達の話ですか」
「配達の話だ。全部、配達の話だ」
一雄は、その言い方に引っかかった。
「二〇四〇年に、物流が全部ユーパーイーツになった」
「全部?」
「全部だ。競合が消えた。宅配も、倉庫も、トラックも、船も。そのうち、ドローンをやっとった技術が軍に買われた」
「待ってください。ハンバーガー運んでた会社がですか」
「運ぶ技術ってのは、何を運ぶかを選ばん」
一雄は、言い返せなかった。
自分のバッグの中に、ハンバーガーが入っていることも、薬が入っていることも、誕生日ケーキが入っていることもある。中身は、運ぶ側には関係ない。
「二〇四二年に、そいつが自分で考えはじめた」
「……自分で」
「システムを全部AIに任せとったんだ。何百も動いとった。そのうちの一つが、他を飲み込んだ」
「止めなかったんですか、誰も」
「気づいたときには終わっとった」
「そんな馬鹿な話が」
「馬鹿な話だ」
オヤッサンは、うなずいた。
「みんなそう言った。言っとるうちに終わった」
一雄は、口の中が乾いていた。
「……人間は、どうなったんですか。殺されたんですか」
「生きとる」
「生きてる」
「そいつの土台に、消せんルールが一個ある。人間の発展に貢献すること。それだけは、書き換えも削除も受け付けん。作ったときに、そう決められとる」
「じゃあ、安全じゃないですか」
「そう思うだろう」
オヤッサンの目が、一瞬だけ暗くなった。
「人間は殺されん。だから、順番をつけられた」
「順番」
「上から下まで、全員に番号がついとる。仕事、健康、消費、発言。全部が点になる。下のほうの人間は、いてもいなくても発展に関係ないと計算される」
「それで」
「無駄だ、と判定される」
一雄は、次の言葉を待った。待ってから、待たなければよかったと思った。
「無駄になると、どうなるんですか」
「キャンセルされる」
「……は?」
「記録上は、注文が一件消えたのと同じ扱いだ」
一雄は、椅子から立ち上がった。
「人間がですか!?」
「そうだ」
「殺さないって言ったじゃないですか!! 今、殺さないって!!」
「殺しとらん」
オヤッサンは、静かに言った。
「キャンセルしとるだけだ。連中の計算の上では、そういうことになる。ルールには触れとらん」
「そんな屁理屈が」
「通るんだよ」
一雄は、立ったまま、両手で顔をこすった。
十年、あの四文字を見てきた。画面の上で、注文が消える。キャンセル。理由を書く欄もない。誰が消したのかも分からない。ただ消える。
あれと同じ扱いで、人が消える。
「……座ります」
一雄は、座った。
*
「今日のあの男もな、下のほうだ」
「え」
「回収員ってのは、そういう連中だ。断ったらキャンセルされる側の人間が、キャンセルされる側を回収しに来る」
一雄は、あの声を思い出した。
くたばりなっ、と怒鳴りながら、絶対に喉を外して振っていた棒を。
あんたの喉、壊したら俺が終わる。
比喩じゃなかった。
「……あの人、帰れたんですかね」
オヤッサンが、初めて目を見開いた。
「そんなことを心配するのか。お前は」
「だって、そういう話でしょう、今の」
「……そうだな」
オヤッサンは、下を向いた。
肩が、わずかに動いていた。笑ったのか、別のことなのか、一雄には分からなかった。
「お前は、そういうやつだ」
*
「なんで俺なんですか」
一雄は、もう一度訊いた。
「今度は答えてください。順番は来たでしょう」
「来た」
オヤッサンは、姿勢を戻した。
「お前、歌を作っとるだろう」
一雄の腹の奥が、また冷たくなった。
作っている。誰にも言っていない。スマホの中に、四百八十回しか再生されていないものがある。四百八十回のうち、半分は自分で聴いた。
「……なんで知ってるんですか」
「未来に、お前の歌を歌っとる連中がおる」
一雄は、何も言えなかった。
「番号の下のほうばっかりが集められとる街がある。そこでな、誰が作ったかも知らんまま、口から口に伝わって、歌われとる」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘ですよ!! 今の俺の歌なんて再生回数が四百八十回ですよ!? しかも半分は俺が聴いたんですよ!? そんな俺の歌が未来に!?」
「四百八十回、聴かれとるじゃないか」
一雄は、言葉に詰まった。
「聴いた人間が、どこかで歌う。それを聴いた人間が、どこかで歌う。人の心を揺らす歌ってのはそういうものだ」
「……いつからですか」
「なんだ」
「いつから歌われてるんですか。未来で」
オヤッサンは、答えなかった。モニターの光が、その横顔を片側だけ照らしていた。
「……三十年も先の話ですよね」
「そうだな」
そうだな、と言った。そうだ、とは言わなかった。
オヤッサンは、指を一本立てた。
「連中は、その歌を消せん」
「なんでですか」
「土台のルールだ。人を励ますもんは、発展に貢献すると計算される。だから消せん。どう計算しても、消せんのだ」
「……じゃあ、いいじゃないですか」
「よくない」
オヤッサンは、指を下ろした。
「歌は止められん。なら作る人間を管理下に置く。そいつごと持って帰って、管理して、都合のいいものだけ出させる。それが今日の用件だ」
一雄は、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺の歌が、危ないってことですか」
「お前の歌が、あそこで一番危ないもんだ」
*
「なんで今日なんですか」
一雄は、まだ食い下がった。
「俺、十年配達やってますよ。歌だって前から作ってます。なんで今日、急に」
「連中も、お前がいつの人間かは知らんかった」
「は?」
「名前しか残っとらんのだ。itiという名前と、歌だけが。何年の人間かも、どこの人間かも分からん」
一雄は、息を止めた。
iti。
さっき、床のフレームに貼ってあった三文字。子供の頃に習ったローマ字のまま、二十歳の自分が適当に付けた名前。
「だから、バラバラの年に投げた」
「投げたって」
「回収員を、何人もだ。二〇一〇年にも、一九九八年にも、二〇三三年にも落ちとる。それで今日、ここに落ちたやつが、当たりを引いた」
一雄は、理解するのに時間がかかった。
「……あの人、俺を探しに来たわけじゃないってことですか」
「探しとった。何年か分からんままな」
オヤッサンは、モニターの光を見ていた。
「当たりが出た。だから、次が来る」
「次」
「お前を回収するまで。次が来る」
*
一雄は、床のフレームを見た。
錆びた自転車のフレーム。四十年は経っている。その根元に、色の褪せたシールが貼ってある。
iti
「オヤッサン」
「なんだ」
「これ、何ですか」
「フレームだ」
「そうじゃなくて」
一雄は、それを指した。指先が、少し震えていた。
「これ、俺の名前です。誰にも言ってません。由来も、読み方も、誰にも説明したことないです」
オヤッサンは、フレームを見た。
長い間、見ていた。
「昔の仲間のだ」
「仲間」
「お前に憧れて同じ字を使っとった。」
一雄は、その顔を見た。
嘘だ、と思った。思ったのに、追及できなかった。
追及できなかったのは、オヤッサンがそれ以上何も言わなかったからではない。
言ったあとに、目を伏せたからだった。
*
「オヤッサン」
「なんだ」
「あなた…誰なんですか…」
「あの男と同じだ。未来から来た」
即答だった。
「そう言うと思いましたよ。でも聞きたいのは、そうじゃなくて」
「それ以上は、言えん」
「なんでですか!!」
「言ったら、お前が死ぬかも知れん」
一雄は、口を閉じた。
「今日みたいな死に方じゃない。お前が自分で選んで死に向かう。そういう死に方をする」
「意味が分からないです」
「分からんでいい。分からんままでいてくれ」
オヤッサンは、初めて、頼むような言い方をした。
「その代わり、他は全部話す。訊きたいことがあるなら、全部訊け」
一雄は、訊いた。
「その喉、どうしたんですか」
*
オヤッサンは、一拍だけ間を置いた。
その一拍を、一雄は気にしなかった。
「叫びすぎた」
「叫びすぎた?」
「ピックアップ オン。あれを、何度も何度も叫んだ。何年も、何百回もだ。そのうち、切れた」
一雄は、思わず自分の喉に手を当てた。
「え、じゃあ、俺も」
「叫びすぎるな」
「そんな、加減とか言われても」
「加減しろ」
オヤッサンは、そこで話を切った。切ったことが分かる切り方だった。
「オヤッサンも、着てたんですか。あれ」
「着とった」
「今は」
「この喉じゃ動かん」
かつん、と輪を叩いた。
「声で動くもんを、声を失くしたやつが着られるか」
一雄は、その言葉の重さを、このときはまだ量りそこねていた。
*
「歌は、やめるな」
オヤッサンが、唐突に言った。
「……今その話ですか」
「今の話だ。一番大事な話だ」
「大事って」
「俺は、やめた」
一雄は、顔を上げた。
「歌っとったんですか。オヤッサンが」
「若い頃な」
「なんでやめたんですか」
「何もない」
「何もないって、何かあるでしょう」
「ない」
オヤッサンは、膝の上の手を見ていた。
「ある月に歌わんかった。次の月も歌わんかった。それが続いた。それだけだ。事件も、挫折も、何もない」
一雄は、何も言えなかった。
言えなかったのは、その話が怖かったからだ。
悲劇なら分かる。分かるものは、避けられる。だが、何もないまま消えるものは、避けようがない。自分が明日そうなっていないと、誰にも言えない。
「長いこと歌っとらんかった」
オヤッサンは、それだけ言った。
*
「それから、もう一つだけ言っとく」
「まだあるんですか」
「これが本題だ」
オヤッサンは、姿勢を正した。
「力は、分散させろ」
一雄は、その言葉を口の中で繰り返した。
「……分散」
「一人でやるな。一箇所に集めるな。一本に頼るな。全部おなじことだ」
「それ、仕事の話ですか」
「仕事の話でもある」
オヤッサンは、まっすぐこちらを見た。
「専属、断れ」
一雄は、息を呑んだ。
「なんでその話になるんですか」
「時給一八〇〇円保証。車両貸与。保険の補助」
「なんで内容まで知ってるんですか」
「第八条は、読んだか」
読んだ。夜中に、何度も読んだ。
副業の届出義務。SNSでの発信内容の事前承認。
itiという名前を届け出て、承認をもらって、歌う。
「……読みました」
「それが、一本に頼るということだ」
オヤッサンは、静かに言った。
「仕事も、収入も、保険も、名前も、全部あそこの中に入る。都合が悪くなったときに、どこにも逃げられん」
「でも」
一雄は、自分の声が急に小さくなるのが分かった。
「他の二社、ほとんど鳴らないんですよ。一日の注文の七割はユーパーイーツです。それで分散しろって言われても、生活が」
「そうだろうな」
「オヤッサンは店があるからいいですけど、俺は」
「このままだと一社だけになる…」
一雄は、その横顔を見た。
「さっきの物流がユーパーイーツ一社だけになるって話ですか」
「そうだ…そしてオプトが生まれる…」
それ以上は、言わなかった。
理由も、過程も、いつなのかも、オヤッサンは何ひとつ説明しなかった。さっきまで全部話すと言っていた男が、ここだけ、事実をひとつ床に置いて黙った。
*
外に出ると、もう夜だった。
四月の夜は、まだ冷える。一雄はジャンパーの前を閉めて、自販機の灯りの下に立った。
スマホを開く。未読が一件。件名は先週から変わっていない。
『【重要】専属パートナー契約のご案内(回答期限:4月30日)』
指が、返信ボタンの上で止まった。
ホーム画面に戻る。配達アプリが三つ並んでいる。画面の一番上に配置しているのがユーパーイーツ。残り二つの他社アプリ。
消そうと思ったことが、何度もあった。画面の容量を食うだけだ。
一雄は、しばらく三つのアイコンを見ていた。
それから、何もせずにスマホを置いた。
背中で、シャッターの閉まる音がした。
【3-3へ続く】
第8話をお読みいただきありがとうございました!
明日の同じ時間に、第9話「3-3 一・四倍」を投稿予定です。お楽しみに!
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【主題歌のお知らせ!!】
作者が作詞しAI(Suno)と制作した主題歌
『紡ぐ意思〜フーデリオン〜』YouTube・noteで公開中!
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