3-1 モトショップ ウバの奥
【今回の見どころ】
無事に生還した一雄の前に開かれた、モトショップ ウバの秘密の鉄扉。
その奥に広がっていたのは、壁一面のモニターと、見たこともない「二〇五七年」の歪んだ未来の街の姿だった……!
システムに支配されたディストピア、そして部屋の隅に置かれた、何十年も雨ざらしになったような“錆びついた自転車”。
そこに貼られていた、一雄しか知り得ない「ある三文字」のシールが、過去と未来を最悪の形で繋ぎ始める――!
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
▼ ▼ ▼
『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【3-1 本文】
作業場の奥に、扉があった。
この店に通うようになって三週間、一雄はその扉を一度も意識したことがなかった。きっと十年通ったとしても意識する事はなかっただろう。工具棚と、積み上げたタイヤと、油の染みた段ボールの間にある、灰色の鉄の扉。倉庫だろうと思っていた。倉庫でない理由がなかった。
オヤッサンが、その前に立った。
扉には、ノブがなかった。
「ピックアップ オン」
オヤッサンが言った。低い、割れた声だった。
『声紋確認』
扉が、横に滑って開いた。
一雄は、口を開けたまま立っていた。
「……オヤッサンも、言えるんですか。それ」
「俺が作ったんだ」
中は、暗かった。
オヤッサンが先に入る。一雄も続いた。段差につまずきかけて、壁に手をついた。冷たい。金属の壁だった。この店の、あの木とトタンでできた店の、内側に、こんなものが入っているとは思わなかった。
照明がついた。
壁一面が、モニターだった。
十枚、いや、もっとあるか?縦横に並んだ画面に、地図が映っていた。都市の地図だ。道路があり、区画があり、色分けされている。見慣れた形をしている気がした。
だが、知らない街だった。
「……どこですか、これ」
「ここだ」
「ここ?」
「この街だ」
一雄は、画面に近づいた。
川の形に見覚えがあった。線路の走り方も。だが、駅の東側にあるはずの商店街がない。かわりに、何もない。灰色の四角が一つ、置かれているだけだった。
画面の隅に、小さく数字が出ていた。
2057
「……二千、五十七」
「そうだ」
「何の数字ですか」
「西暦だ」
一雄は振り返った。オヤッサンは、壁際の椅子に腰を下ろしていた。ゆっくりだった。座るのに、両手で肘掛けを掴んでいた。
「冗談ですよね」
「冗談だと思うか」
「思いたいです」
「そうだろうな」
オヤッサンは、首のタオルを外した。
喉仏のあたりに、銀色の輪が埋まっていた。皮膚が、その周りで引き攣れている。古い傷だった。傷の周りの皮膚だけ、色が違う。ずいぶん昔に、そこを切って、縫って、何かを入れたのだと分かった。
「声帯がな、潰れとる」
オヤッサンは、輪を指で叩いた。かつん、と乾いた音がした。
「これが震えて、声の代わりをしとる。だから喋れる。歌は、歌えん」
「……何があったんですか」
「後だ」
オヤッサンは、モニターのほうへ顎をしゃくった。
「まず、そっちを見ろ」
画面が切り替わった。
灰色の直方体が、映っていた。
窓がない。看板もない。ただ大きかった。手前に人が写り込んでいて、その大きさから逆算すると、二百メートル近くある。周囲の建物が、足元にへばりついた石ころに見えた。
『ユーパーイーツ・セントラルキッチン 第七区画』
画面の下に、そう出ていた。
「……これが、さっきの、灰色の四角?」
「商店街のあった場所だ」
一雄は、黙った。
さっき走り抜けた場所だった。八百屋の店主が「撮影かい」と声をかけてきた、あのアーケード。魚屋の角。夕方だけ通れる駐車場。
それが、ない。
「全部、飲み込まれた」
オヤッサンが言った。
「飲食店はな、まず手数料を上げられる。三十五パーセントが、四十二になる。それでも店はやるしかない。もうそこにしか客がおらんからだ」
「四十二って」
「千円のもんを売って、手元に五百八十円だ。材料と家賃と人件費を引いたら、何が残る」
「……残らない」
「残らんから、閉める。閉めた店の跡地に、あれが建つ」
オヤッサンは、椅子の背にもたれた。
「あそこで作っとるのは、料理じゃない。データだ。何が何分で何度で、どの順に混ざったら、何点の評価がつくか。それを一番うまくやる装置が、あそこに入っとる」
「……人は」
「おるよ。掃除と、補充と、機械の修理だ。それも、そのうち要らんようになる」
画面が、また切り替わった。
三文字のアルファベットが出た。
OPT
「オプト」
オヤッサンが言った。
「オプティマル・トランスポート。最適輸送。もとは、荷物をどう運べば一番安いかを計算するだけのもんだった」
「もとは」
「今は、全部やっとる。誰がどの店に何時に何を注文するか。どの店に何をいくつ仕込ませるか。誰にどの配達をさせて、誰を切るか」
一雄の背中を、何かが這った。
「……人事も?」
「人事が一番簡単なんだと。人間は、数字が出る」
オヤッサンは笑った。笑ったのに、輪が震えて、耳障りな音が混じった。
一雄は、モニターの前から動けなかった。
聞いていることは、遠い話だった。三十年近く先の話で、その頃には自分は六十九だ。とっくに配達なんかしていない。関係ない、と思おうとした。
思えなかった。
さっき、自分は走ってきた。信号のない裏道を、十年かけて覚えた道を、必死で。その道の先にあった商店街が、画面の中では灰色の四角になっている。
「……オヤッサン」
「なんだ」
「なんで、こんなもんが、この店にあるんですか」
オヤッサンは、すぐには答えなかった。
部屋の隅に、何か立てかけてあった。
布がかけてある。オヤッサンが、無言で顎をしゃくった。取れ、という意味だった。
一雄は布をめくった。
自転車のフレームだった。
いや、自転車だったものだ。錆びている。前輪はなく、後輪はリムだけが歪んで残っていた。塗装はほとんど剥げ落ちて、鉄の地肌が茶色く粉を吹いている。何十年も雨ざらしになっていたような、そういう錆び方だった。
そのフレームの、シートチューブのあたりに、シールが一枚貼ってあった。
かろうじて剥がれずに残っている、小さな四角いシール。
そこに、三文字。
iti
一雄の指が、止まった。
それは、自分のアーティスト名だった。
一雄。いつお。漢字の「一」をローマ字にして、小文字にした。二十歳のときに、自分で決めた。誰にも相談していない。由来を説明したこともない。
「……なんで」
声が、うまく出なかった。
「なんで、これが、ここに」
オヤッサンは、椅子に座ったまま、こちらを見ていた。
その左手首に、古い傷があった。
一雄は今までに何度もその手を見ていた。工具を握る手を、オイルを拭く手を、レバーを曲げて見せる手を。傷があることには気づいていた。バイク屋の親父の手にはよくある傷だと思っていた。
「座れ」
オヤッサンが言った。
「立ったまま聞く話じゃない」
一雄はそれを抱え上げた。
第7話をお読みいただきありがとうございました!
明日の同じ時間に、第8話「3-2 力は分散させろ」を投稿予定です。お楽しみに!
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【主題歌のお知らせ!!】
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