4-6 置き配
【前回の振り返り】
悪夢のような激戦から明けた翌朝。一雄のスマートフォンに突きつけられたのは、非情な『アカウント停止(垢BAN)』の通知だった。
十年走り続けた日常を突然奪われた一雄。しかし彼はオヤッサンの「力は分散させろ」という生前の言葉に守られ、他社アプリで再び立ち上がる。
そして、壊滅した「モトショップ ウバ」の跡地へと向かう決意を固め――。
【作品紹介】
本作は、noteで「フーデリオン」として執筆している小説を、小説を読もう!用に投稿しました。
本作は、38歳のおっさんフードデリバリー配達員が、配達で培った知識と未知数の鎧を纏い、未来からの襲撃者と戦う、音楽連動型の特撮風SF小説です。
【2作連動の仕掛け】
オヤッサンが一雄に告げた「歌は、やめるな」という言葉。なぜ彼は一雄の葛藤を見抜いていたのか?
そのすべての元凶となる、一雄の30年前の姿を描いた別世界線
▼ ▼ ▼
『魂のラブレターを運命のアイドルに直接届けたらストーカー対策会議の議題にされた件』
▲ ▲ ▲
と合わせて読むと、このセリフの本当の重みが突き刺さります。
【主題歌】
YouTube・noteにて順次公開!
①FoodFighter「紡ぐ意思〜フーデリオン〜」
作者が作詞しました。
ぜひ聴いて小説を楽しんでほしいです!
(リンクは後書きの下にあります)
【4-6 本文】
ドアを開けると、空気がまだ肌寒かった。
アパートの外階段を降りて、一雄はスクーターの前に立った。鍵を差して、跨って、右手をアクセルに伸ばした。
指は動いた。握れた。捻ろうとすると、肩の付け根から先が、他人の腕みたいに止まった。
「……あー」
「どうした」
「アクセルが、回せない」
一雄は、しばらくグリップを握ったまま動かなかった。十年、毎日やってきた動作だった。
「貸して」
蓮が横から手を出した。
「いや」
「乗れないでしょ」
「乗れないけど」
「じゃ貸して」
蓮は一雄を押しのけて跨ると、何でもない顔でエンジンをかけた。一雄のスクーターは、十年で一度も他人に触らせたことがなかった。
「一雄、後ろ乗れ」
陸が赤いスクーターを出していた。
「……一緒に来てくれるのか」
「何当たり前のこと聞いてんだ」
一雄は黙って後ろに乗った。
走り出してすぐ、一雄は気づいた。後ろの席は、こんなに景色が見えないものなのか。前は陸の背中で塞がっていて、道が見えなかった。十年、ずっと自分で前を見てきた。どこで曲がるかは、自分で決めてきた。
でも不思議と不安はなかった。
「……仲間か」
「ん? 何か言ったか」
「いや。別に何でもない」
店の跡には、人がいた。
黄色いテープが、砂利の周りをぐるりと囲っていた。パトカーが二台。制服と、スーツの男が何人か。近所の人間が歩道に集まって、スマホを向けていた。
「ガスだって」
「たしかに大きな爆発音がしたものね」
「怖いわね。二階まで落ちてるもん」
一雄たちは、道の反対側に停めた。一雄はヘルメットを脱がなかった。
明るいところで見ると、昨日より酷かった。壁が二面無くなっていて、二階の床板が斜めに垂れていた。シャッターは枠ごと曲がって、砂利の上に落ちていた。昨日まで、その向こうにオヤッサンがいた。
奥の部屋があったはずの場所は、ただの地面になっていた。モニターも、基板も、何も残っていなかった。焦げてもいない。細かくなって、地面と見分けがつかなくなっていた。
「無いな」
陸が小さく言った。
「無いね」
一雄は、ヘルメットの中でそう答えた。
何かあると思っていた。根拠はなかった。あの人がこうなることを考えていないはずがないと思っていた。それだけだった。
砂利が、朝の光でただ白かった。
「宇場さん」
声がした。
一雄は振り返った。歩道の端に、小さな婆さんが立っていた。エプロンをして、両手にバケツを提げていた。駅前の花屋だった。
一雄は一瞬、自分が呼ばれたのかと思った。
「あんた、宇場さんとこの」
「……ええと」
「あの人の店の子だろ。よく停めてたじゃない、そのスイカの」
婆さんはヘルメットを指さした。
「こんなことになって。警察、何にも教えてくれないのよ」
「……はい」
「ねえ、宇場さんは」
一雄は、答えられなかった。
婆さんは、一雄の顔を見て、それから何も聞かなくなった。バケツを歩道に置いて、エプロンのポケットを探った。
「ちょっと、店まで来てくれる」
花屋は駅前の、シャッター通りの一軒だった。店先に水の音がしていた。十年、この街で潰れなかった店の一つだった。
婆さんは、奥から白い封筒を持ってきた。角が少し黄ばんでいた。
「宇場さんがお店を始めてから、しょっちゅう花を買いに来てくれたの。毎回、薔薇を一本。それでね、二週間ほど前だったかしら、この封筒を置いてったの」
封筒には、何も書いていなかった。
「もし自分が急にいなくなったら、スイカ柄のヘルメットの男が来るから、これを渡してくれって」
「……急に、いなくなったら」
「そう言ったのよ、あの人。縁起でもないから、やめてよって言ったんだけどね」
婆さんは封筒を一雄に押しつけた。
「それと、もう一つあるの」
婆さんはバケツのほうを指した。バケツの中に、薔薇が一本だけ立っていた。
「そろそろ宇場さんが、新しい薔薇を買いに来るころだから、用意しておいたんだけど」
一雄は、それを見ていた。
「ねえ、あの人、誰にあげてたの」
「……さあ」
「うちも商売だから聞かないけどさ。毎回薔薇を一本でしょ。不思議だなぁって」
婆さんは、水を換えるみたいにバケツの中で薔薇を少し回した。
「一度も、束にしなかったのよ」
一雄は、左手でそれを受け取った。
封筒を開けたのは、花屋を出て、路地に入ってからだった。
中には、鍵が一本。古い、真鍮の、平べったい鍵だった。
それと、紙が一枚。四つに切ったチラシの裏だった。薄いメモ紙。
数字が二行、書いてあった。小数点のついた、長い数字が二つ。それだけだった。住所も、名前も、言葉も、何もなかった。
「なんだこれ」
一雄が言うと、陸が横から覗き込んで、止まった。
「座標だ」
「え?」
「緯度と経度。上が緯度」
蓮がスマホを出して、打ち込んだ。地図が動いて、青い点が止まった。
「ここ、何があんの」
蓮が画面を一雄に向けた。一雄は見た。地図の上では、灰色の大きな四角形が複数あるだけだった。名前は付いていなかった。
「たしか工場地帯だったはず」
店から十キロ近く離れた場所。海岸近くにある工場地帯だ。さすがに注文が入る事は少なく、この十年で二度ほどしか行ったことがない。
「住宅地じゃないから、ほとんど注文がはいらなくて、あまり詳しくないんだ」
「入らないの?」
「人が住んでないところは、入らないんだよ」
陸が、鍵を見ていた。
「とにかく行けば、何か分かるだろ」
「そうだな」
一雄は、鍵と、紙と、薔薇を持っていた。左手が塞がっていた。
見上げると、上空にテレビ局の撮影か。ドローンが一機飛んでいた。
「行こう」
川沿いの道を、二台で下った。知っている道が、だんだん知らない道になった。住宅が消えて、信号の間隔が伸びてきた。次第に灰色のフェンスに覆われた大きな建物ばかりになり、潮風の匂いがした。
二十分ほど走るとナビのゴールに着いた。
コンクリートフェンスに囲まれた一箇所に錆びた門があった。鎖が巻いてあって、南京錠がぶら下がっていた。門の向こうに、だだっ広い敷地。多分大型トラックの駐車場にでも使われていたのだろう。
蓮が門の隙間から中をのぞく。
「端の方に小さな小屋があるよ」
「ほんとだ」
陸が門に手をかけた。
「一雄、さっきの鍵でここ開けてみな」
「やってみるよ」
持ってきた鍵を南京錠の鍵穴に差し、鍵を回した。
カチャという音と同時に南京錠が開いた。
「鍵が開いたよ。ここで間違いない」
「よし。入るぞ」
鎖を外し、門を開けバイクを乗り入れた。
小屋のそばまで移動しバイクを停めた。壁の塗装はほとんど剥げていて、窓は板で塞いであった。看板はなかった。
草が、門の内側に生え放題になっていた。
「廃墟じゃん」
蓮が言った。
小屋のドアにも南京錠が付いていた。
一雄は、南京錠を手に取った。
錆びていなかった。そこだけ、新しかった。油が差してあった。
一雄は、鍵を差し込んだ。
回った。
【4-7へ続く】
第17話をお読みいただきありがとうございました!
【次回の見どころ 毎日18:00頃更新予定】
第18話 「自動応答」
真鍮の鍵が回り、開かれた廃墟の小屋のドア。
机の下から現れたのは、地下深くへと繋がるコンクリートの昇降床だった。
暗闇の底に広がっていた、十年分の失敗作の鎧が並ぶ巨大な秘密工場。
そして動けない一雄たちの前に、天井のスピーカーから、あの聞き慣れた“頑固な男の声”が響き渡り――!?
次回の衝撃の新展開、絶対に見逃しなく!
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【主題歌のお知らせ!!】
作者が作詞しAI(Suno)と制作した主題歌
『紡ぐ意思〜フーデリオン〜』YouTube・noteで公開中!
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