再生の揺らぎ
遠くで、セリスが装置を起動させる。
澄んだ音が、朝の空気に広がった。
ベルノアは、ゆっくりと再生していく。
午前。
ベルノアの通りは、確かに賑わいを取り戻しつつあった。
屋台の準備をする音。
子どもたちの笑い声。
洗濯物を干す住民。
けれど、空気の奥にまだわずかな違和感が残っている。
ルカたちは手分けして調査を進めていた。
ヴァルとセリスは、中央区画から南側へ。
レオとルカは北側へ。
リュシアンは水路沿いを担当している。
「反応は?」
ヴァルが低い声で問いかける。
セリスは装置を覗き込む。
「大きな異常はありません……ですが」
「なんだ」
「再生の波長が、少し揺らいでいます」
装置の水晶が、かすかに明滅している。
「封印は解けていないけど、地下の“根”が疲労しているような……」
「後遺症か」
「おそらくは」
大事にはならない。
だが、放置すれば歪みが広がる可能性がある、小さな綻びだ。
セリスは眉を寄せる。
「調整できるか?」
「ええ。軽度です」
彼女は装置を操作する。
微かな光が地面に染み込む。
やがて明滅は落ち着いた。
「応急処置です。根の調律は、もう少し観察が必要ですね」
「……まだ終わってねぇな」
「はい」
それは、戦いではなく、守るための時間だ。
———
その頃。
水路沿い。
リュシアンはしゃがみ込み、水面を観察していた。
水が、ほんのわずかに逆流している。
「……これか」
水面に指先で小さな結界を描く。
波紋が広がり、流れが正される。
「根の圧が不安定だな」
だがその顔に焦りはない。
むしろ、考え込むような目。
「もう少し、見てからでも遅くないな」
誰に言うでもなく、呟いた。
⸻
通りでは、住民たちが声をかけてくる。
「昨日はありがとう!」
「本当に助かったよ!」
「冒険者さんたちがいなかったらどうなってたか……」
ヴァルは気まずそうに視線を逸らす。
セリスはきちんと頭を下げる。
「いえ、皆さんが落ち着いて行動してくださったおかげです」
「まぁまぁ、また来てくれよな!」
子どもがヴァルに手を振る。
ヴァルはぎこちなく、顔に笑顔を貼り付け手を振り返した。
「……慣れねぇ」
「でも、悪くないでしょう?」
「……ああ」
ベルノアは、彼らを受け入れている。
それがはっきりと分かる。
広場の端で偶然、ミレイと出会う。
薬草の籠を抱えている。
「あ……セリス」
少し、視線が柔らかい。
「昨日は……ありがとう」
「いえ」
「あなたがいなかったら、地下の制御は持たなかったって聞いた」
セリスは一瞬戸惑う。
「私は補助です。主導はリュシアンが」
「でも、あなたがいたから安定したって」
ミレイは小さく笑う。
「……強いんだね」
その言葉に、セリスは軽く目を閉じて首を横に振る。
「まだ未熟です」
「ううん」
ミレイははっきり言う。
「強いよ」
ほんの一瞬、視線がヴァルに向く。
それからまたセリスへ。
「それに、大切にされてるし。ふふふっ」
ヴァルがわざとらしく咳払いをする。
「……行くぞ」
「はい」
ミレイは背中を見送りながら、少しだけ微笑んだ。
以前のような棘は、そこにはもうない。
———
お昼頃。
全員が合流する。
「大きな異常はなし」
ルカがまとめる。
「小さい歪みが数カ所。でも制御可能だ」
リュシアンが腕を組む。
「根の負担は残ってる。完全安定には時間がいるな」
「どれくらいだ?」
「……分からない」
少しだけ間があく。
「だから、しばらく様子を見る」
その言い方が、どこか含みを持つ。
ルカは気づいているが、何も言わない。
ふと、リュシアンは視線を上げた。
高く抜けた空を見つめる。
広がる青の向こうを、静かに測るような目。
その奥にあるものを、誰も知らない。
⸻
遠くで、正午を告げる鐘が鳴る。
ベルノアの日常が、ゆっくりと戻っていく。
読んでいただきありがとうございました。評価いただけると励みになります。
毎週金曜日21時頃更新予定です。
よろしくお願いいたします。




