光の名を呼ぶ者
ラミニークが水晶を掲げた瞬間
少年の瞳から感情が消えた。
空気が変わる。
充満する殺気。
ヴァルが前に出る。
「来るぞ」
次の瞬間。
少年が消えた。
ツィッ——金属音が響く。
ヴァルの頬を短剣が掠めた。
真っ赤な血が白い頬を、静かに滑り落ちる。
セリスの心臓はまるで鷲掴みにされたように、ドクンと嫌な音を立て動きを止めたかのように思えた。
「ヴァル!」
「問題ない」
だが少年は止まらない。
迷いも、躊躇もない。
そこにあるのはただ、明確な任務だけ。
ミレイが叫ぶ。
「感情が……ない……!」
カインが前に出た。
「……自分で立て」
ラミニークが冷たく笑う。
「彼は道具だ」
その言葉に、カインの拳がわなわなと震える。
「人はっ……道具じゃないっ!!」
瞳孔の開いたレオが跳び出す。
レオンとリュシアンが前線を支える。
ルカが指示を飛ばす。
「連携を崩すな!」
ヴァルが再び前へ。
セリスが背後に立つ。
自然に、背中を預ける。
言葉はない。
だが——
その呼吸はピッタリと合っていた。
少年が突進。
セリスが魔力を制御。
軌道を逸らす。
ヴァルの剣が弾く。
その瞬間。
ヴァルが小さく言う。
「任せる」
「はい」
少年の動きが一瞬止まる。
その隙を、カインが掴んだ。
剣を構えず
ただ、真正面から向き合う。
「……俺も弱かった」
少年の瞳が、わずかに揺れる。
「認められたかった」
静かな声。
「だが、それは……」
ラミニークの表情が歪み、言葉を制す。
「黙れ!!」
黒い魔力が広がり、地下が震えた。
再生の根がざわめく。
根の中央から外に向かって張られている水が波打つ。
空間全体が、彼らを拒むように揺れていた。
決戦は、まだ終わらない。
だが、彼らはもう、迷っていなかった。
地下空洞が震え、声を上げる。
黒い水晶が、脈打つように光った。
ラミニークの唇がゆっくりと吊り上がる。
「再生とは……実に美しい」
声は静かだが、その目は狂気に濁っていた。
「壊れても戻る。失っても満ちる。死しても巡る」
彼は水晶を握りしめる。
「ならば——支配できるはずだ」
セリスが息を呑む。
「再生は……循環です」
「違う」
即座に否定する。
「循環とは“管理”できる法則だ。奪い、集め、制御する。
それが支配だ」
地下の壁が、ひび割れては再生する。
ラミニークは笑う。
「私は死にたくない。失いたくない。
王も、時代も、老いも、すべて——」
その声が震える。
「私の前に膝をつくべきだ」
静まり返る空間。
ルカが低く言う。
「お前は再生を理解していない」
「理解など不要だ」
ラミニークは水晶を掲げた。
「必要なのは、力だけだ」
水晶が強く光る。
ラミニークの隣に立つラミニークの息子——彼は動かない。
だが、ラミニークが水晶を掲げた瞬間。
少年の瞳から最後の揺らぎが消えた。
完全な無。
「行け」
命令。
少年が消える。
金属音。
今度はヴァルが受け止める。
だが速い。
異常な集中。
痛みも迷いもない。
短剣が再び閃き、ヴァルの肌を浅く裂いた。
血が石造りの床に飛び散る。
セリスの呼吸が乱れる。
「……っ」
「前を見ろ」
ヴァルは動じない。
「俺は立ってる」
その一言で、セリスの視界が戻る。
背中を合わせる。
魔力の軌道を読む。
少年が踏み込む瞬間、セリスがわずかに空間を歪める。
ヴァルの刃が少年の短剣を弾く。
連携と信頼がそこにはあった。
カインが前へ出る。
「やめろ」
ラミニークは冷笑する。
「止められると思うか?」
「彼はお前の息子だ」
「だから何だ」
一瞬の静寂。
「彼は優秀な部品だ」
空気が凍る。
少年の動きが、わずかに鈍る。
カインが叫ぶ。
「自分で立て!」
その声は、かつての自分への言葉でもあった。
「父に認められたいだけだろう!」
少年の瞳が揺れる。
水晶が強く脈打つ。
ラミニークが舌打ちする。
「余計なことを」
黒い魔力が少年を締め付ける。
「感情は不要だ。弱さだ」
セリスが叫ぶ。
「違います!」
「弱さは——切り捨てるものじゃない!」
リュシアンが水晶の流れを読む。
「今だ、セリス!」
セリスが装置を起動する。
セリスの発想を元に作られたリュシアンの暗号。
複雑な魔力回路。
再生の流れを逆算する。
地下の根が光った。
黒い水晶の波長が乱れる。
ラミニークが動揺する。
「何をした」
「循環を戻しただけです」
セリスは息を整える。
「再生は、奪うものじゃない」
地下は崩れかけていた。
黒い水晶の残滓が、まだ空気を歪めている。
少年は膝をついたまま、動かない。
呼吸は荒く、視線は虚ろだった。
水晶の力が切れた反動か、身体が震えている。
それでも、彼はラミニークだけを見ていた。
「……僕は」
かすれた声。
「……部品ですか」
静まり返る。
誰も動かない。
ラミニークは、答えない。
ただ、冷たく見下ろすだけ。
その沈黙が、何よりの答えだった。
少年の瞳から、光が消えかけた瞬間
カインが、一歩前に出た。
だが——すぐには言葉が出なかった。
喉が、詰まる。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃の自分。
父に名前で呼ばれた記憶は、ほとんどない。
「私の子なのだから出来るだろう」
それだけだった。
名前ではなく、役割。
期待。
結果。
胸の奥が、痛む。
(……同じだ)
目の前の少年も、同じ場所に立っている。
カインは、わずかに息を吸った。
ほんの一瞬だけ、躊躇う。
だが、静かに口を開いた。
「──ルクス」
その名が、地下に落ちた。
少年の肩が、びくりと震える。
ゆっくりと、顔が上がる。
「……え……?」
信じられないという表情。
ラミニークの目が見開かれる。
「なぜその名を——」
「立て」
カインの声は低く、だが確かだった。
「お前は部品でも、道具でもない」
少年の瞳に、微かな光が戻る。
「その名は、お前の母が与えたものだろう」
ルクスの唇が震えた。
「……光として、生きろと」
その瞬間。
ラミニークの顔が歪み、血管が浮き出るほど真っ赤になった。
「黙れ黙れーぃ!!」
黒い水晶が暴れ出す。
怒りと狂気が空間を揺らす。
「その女は不要だった!弱くっ、愚かでっ、価値がない!」
「だから追い出した。身分も剥奪した。
代わりなどいくらでもいる!」
ルクスの瞳が揺れる。
だが、完全には折れていない。
カインは振り返らない。
「聞くな」
静かに言う。
「お前はもう、あの男の道具じゃない」
「……だが」
「自分で選べ」
一瞬の沈黙。
「生きるか、戦うか。どちらでもいい」
「だが、誰かの“部品”として死ぬ必要はない」
その言葉に。
ルクスは、ゆっくりと拳を握った。
地下に、再び光が灯る。
ラミニークが叫ぶ。
「ハッ!!使えない!」
黒い水晶を自らの胸へ押し当てる。
魔力が暴走する。
地下が激しく揺れる。
再生の根が軋む。
水が荒れ狂う。
「私は選ばれた存在だ!」
だが、再生の光が彼を拒む。
黒と白がぶつかる。
ルカが叫ぶ。
「今だ!」
ヴァルとレオンが正面から同時に踏み込み
レオが背後から水晶を狙う。
カインが正面から剣を振るう。
刃が交差する。
セリスが最後の補正をかける。
黒い水晶が、砕けた。
パリーンと水晶が割れる音が響く。
地面にぶつかり舞い上がる水晶の欠片とは対照的に
崩れ落ちるラミニーク。
その舞い上がる小さな破片の中には、
今まで操られてきた者たちの顔が、万華鏡のように映り込み、キラキラと宙に舞い上がった。
地下の揺れが止まる。
再生の光が、静かに戻る。
「……終わった」
ルカが息を吐く。
「封印は?」
セリスが確認する。
安定している。
再生は循環を続けている。
解かれてはいない。
精霊は眠ったまま。
戦後——
アルゼヴァルト王は事実を知り、
宰相とその息子を然るべき裁きにかけた。
権力は揺れたが、国は崩れなかった。
ルーコトスは翻意を隠したまま、静かに役目を果たした。
ベルノアとルーコトスは、水面下で手を結ぶ。
———
数日後。
静かな庭。
クアン・メア・ルーコトスが立っている。
カインは跪く。
「期待に応えられませんでした」
僅かな沈黙の後、声が降ってきた。
「違う」
初めて、父が手を伸ばす。
「私は、お前に“失敗しないこと”を求めたのではない」
カインが顔を上げる。
「覚悟を持てるかを見ていた」
静かな目。
「……よく戻った、カイン」
カインの喉が詰まる。
「お前は私の愛した妻に、よく似ている」
その一言で、長年の重荷が崩れた。
お盆期間の毎日投稿は本日で最終日です。
読んでいただきありがとうございました。評価いただけると励みになります。
次回、物語はここからさらに動きます。
投稿時間は、いつも通り毎週金曜日21時頃を予定しています。
よろしくお願いいたします。




