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影に囁く声


ルーコトス領・執務室


広い部屋には豪奢な絨毯が広がっている。

伝統的な模様が印象的だ。

壁には歴代領主の肖像画が飾られている。


その中央に、当代の領主は立っていた。



重厚な机の上は荒れ果てている。

引き裂かれた報告書の残骸が、床の上で無惨に踏みつけられていた。


「なぜだ……」


掠れた低い声が重く部屋に響く。


「なぜ成果が出ない……!」


震える指で、机に残された書類を次からへ次へと捲っていく。


——ベルノア、依然健在

——工作、進行中

——効果、限定的


「限定的?」


手に持っている報告書を、グシャリと音を立てて握り潰す。


「足りない。もっとだ……!もっと弱らせろ!!」


背後にある肖像画の、父の冷たい目が、領主を見下ろしているようだった。


生まれながらの天才。

何もせずとも支持を得た男。


「お前には無理だ」


言われたわけではないが、その声が聞こえる気がする。


常に。


いつも。


「……違うっ!」


ドンッと机を叩いた表紙に報告書が舞う。


「私はやれる、私はっ……やれる!!」


静かな部屋に、荒い呼吸が暗い影を落としていた。


乱雑に開け放たれた机の引き出しから覗く封書に、一瞬目をやる。


異国の紋章の紋章が刻まれた赤黒い封蝋が施されている。


三十年前、ベルノアを狙った国。


「……制御できると言っただろう」


誰に言うでもなく呟く。


封書の中には、

魔力変質の術式。

土地を“静かに腐らせる”方法。


そして最後の一文にはこう記されてあった。


——貴殿の才覚を信じている。


その言葉だけが、甘い。


「才覚……」


ククッと喉を鳴らしながら笑う。


ひとしきり笑った後で、光の灯らない視線を先代領主の肖像画へ向けた。


「父とは違うやり方で、私は示す」


彼は知る由もなかった。


術式は“完成”していないことを。


隣国が欲しいのはベルノアの土地ではなく、

その下に眠る“何か”。


だから少しずつ侵食させる。


封印を揺らすために。


⸻


突然、部屋の空気が冷えた。


風もないのに、ふっ……と燭台の火がひとつ揺れて消えた。


領主は振り返るが、誰もいない。


だが、確かに。


耳元で囁く声がした気がした。


——足りない。


——もっと壊せ。


「……分かっている」


汗が額を伝う。


彼は気づいていない。


術式は土地だけでなく、

術者の精神をも蝕むことを。


焦りは増幅される。

劣等感は肥大する。

疑心暗鬼が芽吹く。


それが副作用だ。


だが隣国は説明していない。


彼は立ち上がり、ペンを手に取る。


「次は水源だ」


地図に印をつける。


「ベルノアが膝をつくまで止めない」


肖像画の先代領主の目が、

暗がりの中で揺らめいた。


笑っているようにも見えた。


あるいは——


哀れんでいるようにも。


静かな部屋に、独り言だけが虚しく響く。


「……私は」


一瞬、声が詰まる。


「私は失敗作ではない」


そう言って彼は"勝利"の酒、シャンパンを一気に煽った。


燭台の火が、また揺れた。


今度は、消えなかった。


だが、部屋の隅に落ちた影は、

さっきよりもますます濃くなっていた。



本日も来てくださり、ありがとうございます。

クエスト3日目。

5日間、駆け抜けます!


明日21時頃にも投稿いたします。

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