静かな侵食
夜明けは、いつもと変わらないはずだった。
柔らかな光がベルノアの畑を照らし、遠くで子どもたちの笑い声が響く。
昨日の感謝祭の名残で、町にはまだ少しだけ穏やかな空気が残っていた。
けれど——
「……おかしいです」
セリスがピタリと足を止めた。
ヴァルが振り返る。
「どうした」
セリスは地面にしゃがみ込む。
畑の端。
作物の一角だけが、不自然に枯れていた。
周囲は青々としているのに、
そこだけが、色を失っている。
「病気ではありません」
指先で土をすくう。
さらりと崩れる。
「土の魔力が……乱れています」
ヴァルの表情がわずかに変わる。
「自然じゃねぇな」
「ええ」
セリスは眉を寄せる。
「昨日までは、ここまでではなかったはずです」
ぬるい風が吹いた。
枯れた葉がカサカサと揺れる。
その音だけがやけに耳に残った。
⸻
少し歩くとガヤガヤと人の声が大きくなってきた。
井戸の前で人だかりができている。
「水が……」
「濁ってる……?」
桶を覗き込んだレオが顔をしかめる。
「昨日はこんなんじゃなかったぞ」
リュシアンが静かに水面を見る。
揺れはない。
だが、底にうっすらと影がある。
「魔物の気配は?」
ヴァルが問う。
シアが首を横に振る。
「ない。近くには」
「……なら、人為的だな」
その言葉に、空気が重く沈んだ。
セリスは水を少量だけ器具に取り、小さな装置に流し込む。
ほんのりと淡い光が走る。
わずかな反応だったが、セリスは見逃さなかった。
セリスの瞳が細くなる。
「……やはり」
「何だ」
ヴァルの声は低い。
「微量ですが、触媒が混入しています」
「触媒?」
「魔力を“変質させる”ためのものです」
ルカが息をのむ。
「つまり……」
「自然に起きた異変ではありません」
静かな断言。
「意図的に、土地を弱らせています」
ベルノアの空気が、わずかに冷えた。
リュシアンが一歩前へ出る。
「目的は」
セリスは答えない。
代わりに、器具の内部を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「……この成分」
「知っているのか」
ヴァルの問い。
「はい」
視線を上げる。
「三十年前、ベルノアで確認されたものと一致します」
その場の全員が沈黙した。
セリスの言葉に、リュシアンはしばらく考えた。
「……隣国か」
リュシアンの声は静かだった。
「可能性は高いです」
「でもなんで今更」
レオが言う。
そのとき。
ガルドが思い出したように口を開いた。
「……ルーコトスだ」
全員の視線が集まる。
「最近、領主が代替わりしたって噂だ」
「愚息ってやつか」
ヴァルが舌打ちと共に低く呟く。
「短期間で成果を出したがってるって話もある」
沈黙。
ぬるい風が強くなり、枯れた葉が舞う。
「……ベルノアを弱らせる」
リュシアンが言った。
「交渉を有利に進めるために」
「あるいは」
セリスが続ける。
「支配するために」
その言葉を否定するものは誰もいなかった。
ヴァルが剣の柄に手を置く。
「証拠は」
「まだ不十分です」
「なら集める」
ヴァルはじっとセリスを見る。
「行けるか」
一瞬だけ。
昨夜の焚き火の光が、彼女の脳裏に浮かんだ。
——俺も、いる。
「ええ」
セリスは頷いた。
「必ず」
リュシアンが全員を見渡す。
「これは偶然ではない」
その声は、静かに重かった。
「ベルノアを内側から崩すための工作だ」
空気が張り詰める。
「行動を開始する」
朝の光は変わらず優しい。
けれどその下で、確実に何かが動き始めていた。
ベルノアの平穏は、もう戻らないかもしれない。
クエスト2日目です。
本日も読みに来てくださって
ありがとうございます!
明日も21時頃に投稿いたします。




