歪められた森
森の空気はまだ張り詰めていた。
ざわざわと葉の擦れる音がやけに耳に残る。
倒れた変異個体の周囲を、誰もすぐには動こうとしなかった。
ルカが低く言う。
「……妙だな」
リュシアンも同意するように頷く。
「自然変異ではない。魔力の流れが歪みすぎている」
セリスが膝をつき、魔獣の体をじっくりと観察する。
装置を起動すると淡い光が走り、魔力の測定値が浮かび上がった。
「……これは」
レオンが眉を寄せる。
「何か分かったのか」
「体内に人工的な魔力の痕跡があります」
ミレイが目を見開く。
その拳は強く握られていた。
「人工……?」
「はい。外部から注入された可能性が高いです」
ガルドが顔をしかめる。
「つまり、誰かの仕業ってことか」
空気が一段と重くなる。
ヴァルはゆっくりと森を見渡した。
なんの変哲もない緑の森だったが、直感が告げた。
「……この辺り、探るぞ」
シアが静かに頷いた。
「同感だ」
レオンも剣を握り直す。
「手分けは危険だ。全員で動く」
ルカが肩をすくめる。
「ようやく意見が一致したな」
⸻
少し進んだ先の森の奥。
木々の間に、不自然な空間があった。
「……結界か?」
リュシアンがぼそりとこぼす。
目に見えないが、確かに魔力の膜を感じる。
セリスが装置を操作する。
「擬装はされていますが、簡易的です。これなら突破できます」
ミレイが眉間に皺を寄せ、警戒する。
「罠の可能性もあるのでは?」
ヴァルがサッと前に出る。
「なら、俺が行く」
リュシアンが即座に制止する。
「単独行動は——」
「盾、頼む」
そう告げたヴァルの黒髪の影から、ピアスがキラリと顔を出す。
リュシアンは片方の口角を綺麗にあげ、そして頷いた。
「分かった」
その信頼に、レオンが目を細める。
二人の呼吸は、戦闘後でも崩れていない。
リュシアンが結界の前に立つ。
盾に魔力を集中させた。
「今だ」
ヴァルが地面を強く踏み込む。
双剣が魔力の膜を切り裂く。
結界が砕ける。
空気がわずかに歪み、生暖かい風が吹いた。
その奥にあったのは——
小さな祭壇だった。
全員が息を呑む。
石で作られた簡素な台。
だが、その上に置かれているものが異様だった。
黒く濁った精霊石。
そして刻まれた紋様。
ミレイの顔から見る見るうちに赤が消えていく。
「……こんなもの、こんなものっ!ベルノアには存在しません!!」
右手で左の腕を掴む、その声は震えていた。
セリスが近づき、慎重に観察する。
「精霊石を汚染し、周囲の魔力を歪める装置のようです」
ガルドが眉をひそめ、低く言う。
「誰が、こんなことを……」
レオンがぎりぎりと拳を握る。
「目的があるはずだ」
セリスは少し考え、答えた。
「大規模な魔力撹乱。森、農地、流通……すべてに影響を与える……?」
ルカが吐き捨てる。
「町を内側から壊すつもりか」
シアが周囲を警戒する。
「まだ近くにいる可能性がある」
ヴァルは祭壇を睨む。
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
ベルノアの異変は、偶然ではない。
誰かの意思だ。
その時。
リュシアンが静かに言った。
「証拠として持ち帰るべきだな」
ミレイが平静を装いつつ頷く。
「ええ。神殿にも報告が必要です」
レオンがルカを見る。
少しだけ迷い——
「……町へ戻ろう。合同で」
ルカがにやりと笑う。
「やっと言ったな」
レオが元気よく拳を上げる。
「よし!今日は大仕事した感じ!」
ガルドが笑う。
「さっきまで死にかけてたのに元気だな!」
森を抜ける帰り道。
気づけば、九人は一つの隊列になっていた。
だが——
ヴァルは最後尾で振り返る。
誰もいない。
それでも——
視線を感じた気がした。
森の奥の霧の向こう。
何かが、確かにこちらを見ていた。
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