静かな異変
平穏は束の間だった。
森を後にし、街へ戻る途中、ヴァルの顔に影が差す。
彼の心の奥には、家族との過去の記憶が静かに重くのしかかる。
家を離れたとき、ヴァルは一人で生きると決めた。
誰にも期待しない。
誰にも期待されない。
そのはずだった。
だが今は違う。
失うのが怖いのは、それだけ大切だと思っている証拠なのだと、ようやく理解し始めていた。
俯いて歩いていたヴァルの左側にセリスの靴が視界に入ってきた。
「……先ほどの動き、助かりました」
ヴァルはセリスの方へ顔を向ける。
「お前もな」
短いやり取りだが、二人にとっては充分だった。
セリスと顔を合わせ不器用な微笑みを交わす。
前方でレオが振り返る。
「次の依頼もこの調子でいこーぜ!」
森に光が差し込み、あれだけ立ち込めていた霧の気配はもうなかった。
———
その日の夕方。
森から戻った五人は、少し遅めの夕食のために花うさぎ亭の食堂へ降りていた。
外はもう薄暗く、窓の向こうには橙色の灯りが点々と揺れている。
ベルノアの夜は本来、穏やかで静かなものだ。
だが今日は、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
席に着くと、ツムギが料理を運んでくる。
「今日は簡単なものでごめんなさいね」
木皿に盛られていたのは、香草で焼いた小型獣の肉と、ラゼルベリーの軽いソース。
そして根菜の煮込みとパン。
普段の豪華さはないが、温かい家庭の味だった。
「いや、十分だろ」
ルカが笑う。
レオも頷く。
「むしろこういうの好き!」
セリスは周囲を見回す。
食堂の席は、ほぼ埋まっており、
見慣れない冒険者が多い。
「……人が多いですね」
リュシアンも同じことに気づいていた。
「確かに。最近増えている」
ルカはパンをちぎりながら目線を落として言う。
「噂は広がってるみたいだな」
ヴァルが眉をひそめる。
「噂?」
「森の魔獣の異常。魔力の乱れ。精霊石の破損」
一気にそこまで捲し立て、さらに続けた。
「ベルノア出身の連中が戻ってきてる。大事になる前に調べたいんだろ」
ルカは軽く言ったが、その声の奥は真剣だった。
レオが食事の手を止めて言う。
「みんな、地元を守りたいんだね」
「この町の連中はそういう気質だ」
ルカは肩をすくめる。
その時、隣の席から小声が聞こえてきた。
「森の奥、香草が枯れてるらしい」
「嘘だろ……グランシア草まで?」
「育ちが悪いだけじゃない。魔力が抜けてる」
会話はすぐに止まり、
男たちはこちらを警戒するように視線を逸らした。
セリスの手が止まる。
「……魔力が抜けている?」
リュシアンも真剣な表情になる。
「それは自然現象ではないな」
ヴァルは無言で食事を続けていたが、
わずかに指に力が入っている。
ベルノアの文化は、
土地の恵みを循環させること。
枯渇が何を意味するかは考えるまでもなかった。
ルカが静かに言う。
「じわじわ来てるな」
その言葉に、空気が重くなりしばらく沈黙が続いた。
カチャカチャとカトラリーの触れ合う音だけが響いている。
だがレオが、わざと明るい声を出した。
「でもさ!だからこそ、早く原因突き止めればいいんだよ!」
ルカはふっと笑った。
「頼もしいな」
少しだけ、場が緩む。
だが、セリスの胸の奥にはひっかかりが残っていた。
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