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番外編—待ち続けた言葉

第二章に入る前の、本編更新前の小話です。

もしよろしければ、お付き合いください。


※いつもより少しだけ大人な恋のお話になります。


冷たい空気が荷物を持つ手の感覚を奪っていく。


遠くに街が見えた。


足取りが早くなる。


吐く息の白が広がり、その中を駆け抜ける。


最初に向かったのはこの町の散髪屋だ。


カラン——


かじかむ手でドアを開けると優しい声に包まれる。


「いらっしゃいま——せ!!ルカっ!!」


彼女はこれでもかと言わんばかりに目尻を下げて微笑み、名前を呼んだ。


「よぉ、久しぶり。ネモ、元気だったか?」


荷物を下ろしながら、片手を上げる。


「もう!いつも突然なんだから!言ってくれれば今日お店閉めたのに」


悪い悪いっと軽く笑い、いつもの椅子に座る。


「いつも通り男前にしてくれ!」


ルカの首周りにタオルをかけながら、はいはいと微笑む。


鏡越しに映るボブカットのネモの姿が、ルカにはまるで花のように見えた。


ルカは緩む頬を抑えつつ、わざと何でもないような顔を作る。


「今日夕飯一緒に食えるか?」


シュッシュッと霧吹きを吹きかけながら、ネモは一瞬考えてから答えた。


「ちょっと遅くなるけど大丈夫?おばあちゃんのお薬の時間があるから」


窓の外ではさっきまで降っていた雪が止んでいた。


道端の小さな花の上にちょこんと乗っていた雪が落ち、可愛い花びらがそっと姿を見せる。


———


夜、町の食堂にて。


テーブルに案内された二人は、メニューを手に取る間もなく町人たちに声をかけられた。


お目当てはルカだ。


「久しぶりだな!このヤロー!」

「元気にしてたか?」

「ちょっと見ねぇ間に男前になりやがって」

「あらやだ、おっさんの間違いでしょ?」

「ドワハハハ!!!」

「あんたの好きなメニューまだやってるよ!」

「いやいや、ルカにはこの新作をだな」


一気に食堂が賑やかになる。


二人きりの夕飯にはならなかったが、ネモは嬉しそうにルカを見ている。


(ルカだもんね……。本当、そういうとこ……)


パチパチと暖かいオレンジ色の暖炉の灯りと町人たちの笑い声が、食堂の外の通りにまで優しく広がっていた。


———


街灯の灯りがポツポツと続く道で、ルカとネモはゆっくりと歩いていた。


「ホレは大丈夫だーーって!」


ルカの声が通りに響く。


「だーめ!ちゃんとホテルまで送っていくわよ」


「これじゃあ格好つかないニャろーが」


その場で地団駄を踏んでみせるルカ。


「最初から格好なんてついてないんだから、諦めなさい」


楽しそうなネモの声が白い息に乗って、ルカの耳元を掠めた。


やがてホテルに着く。


フロントで受け取った鍵をテーブルの上に置いて、酔って眠そうなルカをソファに座らせる。


お水をコップに注いで、ルカに渡す。


コップを受け取るルカの指に、ネモの指が触れる。


不意に目が合った。


「お前みたいなイイ女がなんでまだ独りなんだよ?」


ルカは真剣な表情でネモの目をじっと見据える。


「え……それは……」


ネモは目を逸らしたいのに、逸らせずに口ごもってしまう。


「……俺が原因だったりして?」


やっとの思いで視線を逸らしたネモ。


今できることは小さく頷くことだけだった。


少し開いたカーテンの隙間から冬の月が覗き、その光が優しく二人を包み込む。


オレンジ色の部屋の明かりがゆっくりと落とされる。


部屋には静かな時間が流れた。


———


翌朝、シーツの中の温かさで目を覚ますと隣にはネモの姿があった。


その瞼には小さな涙の粒が残っている。


慌てて上体を起こす。


(俺、あのまま———)


頭をガシガシと掻きながら昨夜のことを思い出す。


シーツの擦れる音で目を覚ましたネモも目を擦りながら身体を起こした。


「……ルカ?」


次の瞬間、ルカはシーツごと勢いよくネモを抱きしめた。


ドキドキと鼓動が高鳴る。


もうどちらのものとも分からないほど、二人の鼓動は溶け合っていた。


ネモの後頭部を支えるルカの大きな手の力が強まる。


サラリと紫の髪がその指の間を滑り落ちた。


「ネモ……愛してる」


そっと小さな手がルカの背中に添えられた。


「ずっと待ってたの……その言葉を」


冬の弱い光がカーテンの隙間から溢れる。


オーロラのように揺らぐ淡い光が、静かに部屋を包んでいた。


しん……と冷たい空気の中で、二人のぬくもりだけが静かに重なっていた。



本編は21時公開となります。

いつも読みに来てくださる皆さま、本当にありがとうございます。

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