ほどけた空気
夜。
花うさぎ亭の食堂は、いつもより騒がしかった。
「今日は全員参加な!」
レオが宣言する。
「何するんだ?」
ルカが呆れる。
「遊び!」
どうやら拒否権はないらしい。
簡単な賭け事まがいの遊びが始まった。
ルカがわずかにルールを曲げる。
「今のアウト!」
レオが即座に指摘する。
「いや、これはセーフだろ」
「ズル!」
言い合いが始まり、リュシアンまで巻き込まれる。
珍しく、リュシアンの口元がわずかに緩む。
セリスも思わず笑った。
重たかった空気が、少しずつほどけていく。
やがて一人、また一人と席を立つ。
最後に残ったのは、ヴァルとセリスだった。
静かな食堂。
ランプの灯りだけが揺れる。
ヴァルがポケットに手を入れたまま、落ち着かない様子で立っている。
「あのさ……」
声が少し低く掠れている。
「この間は、ごめん」
セリスが顔を上げる。
「え?」
「言い方、きつかった」
視線を逸らしたまま続ける。
「別に責めたかったわけじゃない」
沈黙の中セリスは次の言葉を待った。
「……怖かったんだ」
セリスの瞳が揺れる。
「また誰か失うかもしれないって思ったら、頭真っ白になって」
拳を握る。
その言葉に、セリスの胸がわずかに引っかかる。
(……また?)
一瞬だけ問いが浮かぶが、今は聞けない。
過去に触れるには、まだ距離がある気がした。
ヴァルは視線を落とす。
「だから、あんな言い方になった。悪い」
ランプの灯りが、潤んだ紫色の瞳に小さく反射していた。
セリスは小さく首を振る。
「いえ……私こそ未熟でした」
「違う」
即答する声に力が入る。
ヴァルが初めてまっすぐセリスを見据えた。
「お前は仲間を守ろうとした。それは間違ってない」
片手で後頭部をガシガシと掻きながら、大切に言葉を紡いだ。
「……頼りにしてる」
不器用な言葉。
だが、真剣で柔らかかった。
セリスの胸の奥で、何かがほどける。
さっき浮かんだ問いは、心の奥にしまう。
今はただ、この言葉を受け取ろうと思った。
「……はい」
セリスは、こみあげる笑顔を噛み締めるように、口元をキュッと結んだ。
昼に味のしなかった唐揚げのことを、ふと思い出す。
明日はきっと、味がわかる。
そんな気がした。
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