居場所
――翌朝。
セリスは一人、先に食堂へ降りていた。
ヴァルとのわだかまりが気になり、よく眠れなかったのだ。
ふと【蒼影】に加入する前のことを思い出してしまう。
一年前――。
王都サーヴェール。
一人パーティの募集をかけに来ていたルカは、都会の喧騒に当てられ、裏路地で一服していた。
そこへ、男三人に連れられた女がやってくる。
どうやら揉めているらしい。
(勘弁してくれよ……)
タバコの火を地面に擦りつけて立ち去ろうとしたが、一足遅かった。
袋小路のため、出るに出られない。
仕方なくルカは物陰に身を潜め、やり過ごすことにした。
男たちが口々に言う。
「サミィに嫌がらせするな」
「パーティから出ていけ」
「氷の女神を追い出したなんて噂が流れたら、俺らの評判も下がるからな」
「そうそう!お前から出ていったことにしろ!」
「サミィが可哀想だ」
「大体、一番強いからって、お前はリーダーでもなんでもないしな」
「それに回復までしなくていい!それはサミィの仕事だろ」
「回復薬とかくせぇし、サミィに回復してもらった方がいいわ」
「それに昨夜だって、リーダーである俺が誘ってやったのに断りやがってよ」
「サミィみたいに可愛げがありゃ、もう少し置いておいてやったのにな?」
「ギャハハハ!」
氷の女神と呼ばれた少女は、ずっと俯いていた。
ルカの腹の底で、怒りが煮えくり返る。
気づけば、言葉より先に体が動いていた。
男たちの前に飛び出す。
満面の笑みで。
「悪いな、話は聞かせてもらった」
男たちは一瞬動揺したが、すぐに平静を装う。
ルカはくるりと彼らの間を抜け、少女の前に立った。
「パーティ抜けるならさ、俺のとこ来ないか?」
そう言って、柔らかい青をたたえた瞳で氷の女神に微笑む。
しばらくの沈黙の後、彼女は小さく答えた。
「……私で、よければ……」
――夕方。
首都サーヴェールのギルドで加入手続きを終え、二人は街を後にした。
ルカはにっと笑う。
「俺はルカ。よろしくな」
ちらりと彼女を見る。
「セリスです……この度はご迷惑を……」
そこまで言いかけたところで、ルカが遮った。
「ちょうど一人足りなくて困ってたんだよ!」
さっきまでの嫌な汗が、夏の夕方の風で乾いていくのをセリスは感じた。
ルカは頭をかきながら言う。
「……一応リーダーとしてさ。嫌じゃなければ、何があったか聞いてもいいか?」
――夜。
野宿の準備を終え、焚き火を囲む二人。
セリスはすべてを話した。
サミィとは仲が良かったこと。
だが知らぬうちに傷つけてしまっていたこと。
今日まで気づけなかったこと。
ルカは思う。
(サミィは自分の居場所を奪われると思ったんだろうな……)
しかし、それは口にしなかった。
――翌日。
昼過ぎにはベルノアへ到着していた。
町外れにある石造りの宿「花うさぎ亭」。
砦のような外観とは裏腹に、看板には可愛らしい花とうさぎの絵。
遠くに仲間を見つけ、ルカが手を振る。
「おーい!リュシアン!新メンバー連れてきたぞー!」
セリスは遠くから会釈をした。
(女の人もいるんだ……)
俯いたまま歩く。
足元が、どこか頼りなく感じた。
(また傷つけてしまったらどうしよう……)
その時、ルカがぽんと肩を叩いた。
「男だらけのむさ苦しいパーティ!その名も蒼影へようこそ!」
「え?」
顔を上げたセリスの前に、美しい青年が立っていた。
(男の……人……?)
「よろしく。俺は剣と盾を使う。リュシアンだ」
夏の風に揺れる髪から、
薬草のような爽やかな香りがした。
「セ、セリスと申します。よろしくお願いいたします」
勘違いした自分を恥じ、頬が少し熱くなる。
ルカがニヤリと笑った。
ルカはすぐにセリスを三階へと案内した。
「あと二人紹介するな〜」
軽い調子で言いながら階段を上っていく。
突き当たりの部屋の前でノックもそこそこに扉を開け、中へ入っていった。
ドアの前に取り残されたセリスは、しばらく立ち尽くす。
胸の奥が落ち着かない。
また拒絶されたらどうしよう――そんな不安が足を重くした。
すると、ルカが顔だけを覗かせ、手招きした。
「大丈夫大丈夫。来いって」
その言葉に背を押され、セリスはそっと部屋に足を踏み入れる。
姿勢を正し、粗相がないように頭を下げた。
「セリスと申します。よろしくお願いいたします」
するとすぐに、人懐っこい笑顔の青年が距離を詰めてきた。
「よろしく!俺はレオ!」
握手を求められ、戸惑いながらも手を重ねる。
その温かさに、少しだけ肩の力が抜けた。
(話しやすそうな人……)
ほっと息をつきかけた、その時。
部屋の奥から低く鋭い声が飛んできた。
「……女?」
ゆっくりと振り向くと、腕を組んだままこちらを睨む青年がいた。
「お前、戦えんのか?」
明らかな警戒と敵意。
まるで値踏みするような視線だった。
「こら、ヴァル!初対面でそれはないだろ?」
ルカが咎めるが、ヴァルの視線は逸れない。
「だってよ。前も女で痛い目見たばっかだろ。
それにその挨拶。カチコチすぎ。
ザ・優等生って感じで、つまんねぇ」
空気がぴりりと張り詰める。
セリスは一瞬だけ息を止めた。
だが表情は変えない。
「装置の開発や解析、罠の設置・解除を得意としています。
戦闘では氷系統の魔術を主軸に、状況に応じて近接および回復支援も行えます」
淡々と、事実だけを告げる。
その声音には感情がほとんど乗っていなかった。
ヴァルは一瞬だけ眉をひそめる。
だがそれ以上は何も言わなかった。
ルカが空気を変えるように笑う。
「ほらな?ちゃんと頼れるやつだろ」
レオも明るく続ける。
「これからよろしくな!」
セリスは静かに頭を下げた。
そのままルカに促され、部屋を後にする。
扉が閉まる直前、
ヴァルの視線だけが、まだこちらを追っていた。
――それが、彼らとの出会いだった。
⸻
「おはよう」
落ち着いた声に、セリスははっと顔を上げた。
肘をついたまま、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目の前には、いつも通りのリュシアン。
朝の光を受け、右手の中指の指輪が静かに輝いていた。
その反射が、セリスのアメジスト色の瞳に映り込む。
胸の奥が、わずかに温かくなる。
(……そうだ)
今は、ここにいる。
「……おはようございます」
小さく微笑み返しながら、そっと首飾りを握った。
(私は、【蒼影】にいるんだ)
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